ふさふさの勲章

カフェイン
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久しぶりに会って、その人の変化の大きさにギョッとすることはないだろうか。私は今回のプチ帰省で、父の風貌に驚きを覚えた。

頬がこけて下顎にたっぷり白髭を蓄えている……!

私の知っている父はやや神経質で一日3回くらい電動シェーバーで髭を剃っている。さすがに髭脱毛はしていないのだが、常にサッパリした状態を保っていた。いったい何があったんだろう。

父は寝るのが早い。夜遅くに母に経緯を聞いた。どうやら彼は、秋頃に高校時代の山岳部の友人数名とエベレスト登山に行ってきたようだった。といっても、大きなナップザックを背負い込み命を賭して山頂まで目指すというものではなく、旅行会社が企画しているツアーに参加したようだ。

ツアーには参加者とほぼ同人数のシェルパが同行。彼らは参加者の代わりに大きな背嚢を背負ってくれたり、ご飯も毎食作ってくれるらしい。参加者はといえばひたすら歩くことに専念できるのだ。自宅には目的地近くで撮影された写真が飾られてあった。また、その横には参加者の集合写真も並べられている。そこに写っている父は私の知らない、気恥ずかしさとリラックスを半分こしたような表情をしていた。

シェルパやツアーガイドのお世話があるため、死の危険はあまりないかもしれないが、齢70近い老人が数日間高山病に抗いながら山を登るのは、相当な負荷と達成感があったことは想像に難くない。父の顎髭は苛烈な数日間を耐え抜いた勲章なのかもしれない。

朝。眠たい目を擦りながら階下のリビングルームに入る。父はベージュのトレンチコートを来て早朝からどこかに出かけるようだ。私は、言葉少なげに朝の挨拶としばしの別れを告げる。ふと彼の顎に目を移す。豊かに蓄えられた白いふさふさが少しだけ誇らしげに見えた。

@piyogator
いっつも目がしょぼくれてる