不機嫌の理由

po6
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30代になると、何かにつけ歳を重ねることを嫌がってみたり「あの頃に戻りたいね」なんて言ってみたりする流れが増えてくるのですが、実のところ、加齢に対してそんなに悪いように思うことはないよなあと考えるわけです。

いまがいちばん楽しいし、自分自身を「まあ、いいよな」と評価できます。

根は消極的で悲観的で自己肯定感も低く何もかもを憂いがちな人間なんですけども、それを知った上での考え方や動き方ができるようになってきたので、いまがいちばん自分の舵取りができる(完ぺきではないけれど)、だから楽しいと思える。そんなところでしょうか。前はその消極的なところや悲観的なところを変えて自己肯定感つよつよの人間にならねばともがいていたので…そんなとても難しいことを、そうすることだけが正しいと思い込んでいた気がします。生きづらそう〜〜。この性格がわたしなんだと受け入れたのか諦めたのか開き直ったのか、それがいつの頃なのか、いまとなってははっきりと思い出せませんが、大人になってしばらく経った頃なのは確かです。もっと早くいまいる地点にたどり着けていたら20代をもっと楽しめたのかなと思うこともあるけど、そんなこと考えてもしょうがない。遅くてもたどり着けてよかったです。

何をしてもしなくても過ごした時間の分だけの経験値は確実に自分の中に積まれていくし、そこからいろんな、善悪だったり好き嫌いだったり要不要だったりの物差しがはっきりと見えてくる。見えてきた分だけ選択しやすくなって自分にとっての正解=間違ってないが増えていく、そういう快適さが歳を重ねるにつれて得やすくなった気がします。これでよかったのかな?っていうしょうもないうじうじ時間がぐっと減った。それと、違う正解もよりよい選択もあったかもしれないけど、これも間違ってないよ。そういう落とし所で十分なんだよなーって思えるようになったのもつい最近。おおらかになったのか大雑把になったのか。

何をもって正解とするのかも人それぞれで、自分にとって納得できる正解だったら何だっていいんだよなと思えるようになったのも大人になってしばらく経ってからでした。決まった正解があるし、絶対的な不正解もあると思っていた。とくに不正解の方に敏感で、それは(わたしにとって)間違ってるのカッコになかなか気づけずにむだに傷ついたり腹を立てていたあの頃…視野、狭!想像力、無!青すぎる!!人の正義はその人だけのもの。

そんな感じでいろんなことにやっと気づけてきた30代なので、これからがおもしろくなっていくんだろうなってワクワクします。

今後の目標としては、人間性みたいなものを成熟させていきたいなと思います。自分がつけた実が大きくないのは知っているので、これからの人生でその実をどこまでぎゅっと熟れさせることができるのか。すかすかに枯らしたくはないし、毒を持つのも嫌だし、瑞々しく中身の詰まったものにできたらいいなと思います。そしてそれが周りにいる誰かにとって、何かしらよい作用をもたらすことができたらこの上なく幸せですね。そんな風に生きていきたい。

いや〜〜大人って楽しい!(まとめ)

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タイトルと本文は関係ないです。たぶん最初はあった。

@po6
ISFJ