見ていてダメージを受けにくいSNSのTLってなんだろう?みたいなことを考えてた。メッセージ性が存在してたらだめというか他者に言及した段階でだめな気はする。
だめな例の最上級は比較だとして(xxxはyyyと違ってzzzなのが良い)、否定ではなく肯定であっても他に言及した時点でだめ(xxxは良い)
SNSアプリ消せとか見なければ良いみたいな話はある。
意見は他者がいるので疲れる。
これは言及先に自分が含まれる可能性があるから?
1. 今日xxxな人を見かけた。許せない
2. xxxな人のyyyな点が好きじゃない
3. xxxではなくzzzであるべきだと思う。
トラウマの刺激的なもので思考が乗っ取られるみたいな話もあるかもしれない。
究極「結婚した」だけでダメージを受ける人がいるし「子どもが産まれた」とか「合格した!」でダメージを受ける人がいるのでダメージを受けないTLではなくダメージを受けにくいTLであるべき。
これをクライアントサイドのフィルター的なもので作れるかみたいなのが目的?
「他者への言及がだめ」という制約は重要で「目的語を用意してはだめ」という制約ではなさそう。
最初は
- aaaさんを見かけて嫌な気持ちになった
を
- 嫌な気持ちになった
だけに変換したら良いかと思ったが隠れた相手が見えてしまってダメそう。
ちなみにここは
- 消耗した
だとわりと良い
状態のログは他者というか送り手が存在しなくて良い。
- 激怒した
はどうか。
メロスのやつとか風に詳細な情報が付いてもダメージは少なそう。良い観点な気がする。
肯定は否定の裏返しの構造なので皮肉などが使える。ネガ/ポジはフィルタリングの尺度としては適切なものではないのかもしれない。
- xxxはひどいコード
- xxxは"良いコード"
状態の出力の場合は
- xxx周りのコードに触れた。消耗した。
- xxxいじってた。つかれた。
などになる。良い気がする。
- xxxは素晴らしい
は他者を傷つけるか?究極的にはそう。究極的にはxxx以外は素晴らしくないのか?とか批判を受ける。
批判を受けると言うことは暗黙に自分が批判されてるかも?みたいな暗黙の思考が動いてしまっている。
- xxxのyyyが上手く機能した。良かった。
これはどうか?
もちろん普通に考えれば読み手側の問題なのだけど、イメージしてるのは被害妄想を抱えてる頭あるいは心が弱った存在に対する穏やかな入力としてのTLは何か?というのがここでは気になっている。
よくある朝ご飯の写真とかは適切ではない気がする(言及方法は絞りたいが言及対象は絞りたくない)。
つまるところ感情を想起させるようなフックが存在しなそうな物が良いということになりそう(もちろんバズるとかとは真反対。なのでおすすめタブは疲れる)。
あと情報提供と評価のうちの評価を勝手にくだされると苛つく(評価をすることで悦に浸る感)
評価をするコストが省略されて楽になるとかもある。これはファンネルに繋がる。
「一言多い」と評されるストレスがこれ(愉悦をもたらすものでもある)
見当違いの詳細な話は苛立ちをもたらすこともある。これは可処分時間の強奪感。
逆に重要なポイントに対して些細なものと受け取られた場合の失望感もある(カミングアウト後のあれこれとか)
後者は対話のときにしか発生しない気がする。
いやでも雑な語りが周囲に受け容れられてるときの嫉妬みたいなのはあるのか。
これも暗黙に他者との関係を想像してしまってそう。
言及方法として
- 良いと思った
と
- 良かった
に違いがあるのかもしれない。
読み手に次のアクションを要求するないしは期待するを「メッセージ」だとして「ログ」は読み手にアクションを期待しないより強くいうとアクションを想起させない。
(エラーログは対応する必要があるのでここでの「ログ」と一般のログは別物そうかも)
ログだと究極的には
- 起きた
- 家を出た
- 仕事を始めた
- 休憩
- 仕事終わった
- 帰宅
- 寝る
とかになる。求めてるのはこれではない気がする(これはこれで面白い気もする)
思考のログないしは行動のログとして使いたい。保存したい何かがありそれの貧弱なスナップショットを期待してるのかも