HARU COMIC CITY32
FULL BLOOM SEASON32 お品書きです。
スペース;東6ホール 【め 08b】
サークル名;ちいさな、世界
『君念う、憶』/ ¥100 / 万至 / A6文庫
-----------------------------
サンプル;
異変に気がついたのは二週間前だった。
きっかけは本当に些細なことで、大切にしたいと思っている人を悲しませてしまったのが始まりだった。
高校を卒業して本格的に芝居の勉強をすることに決めた俺は、その道の大学に進み日々学びを得ている。カンパニーの稽古に本番、芝居の勉強に大学の授業やイベント。それなりに忙しい日々を送っていた。もちろん、至さんとのゲームだって大切な時間の一つだ。
茅ヶ崎至さん。俺の大切な人。
大切な人、と言っても俺が一方的に好意を寄せているだけなのだが。もちろん、ライクの方ではない。この言い方すら誰かさんみてえでなんとなく気恥ずかしい。
まあとにかく、MANKAIカンパニーに入りたての俺は生意気だった。至さんに言わせりゃ今もそうらしいが、あの頃はもっと酷かったと今なら分かる。
ガキの頃から何をするのも苦労したことはなく、気がついたらつまんねえ退屈な日々を送っていた俺は、いつのまにか俺自身もつまんねえやつになっていたらしい。
それでも、そんなクソガキでも、至さんだけは俺を隣にいさせてくれた。ゲームのため。そう言う時あの人はいつも俺の目を見ることはなかったが、それがまた彼への想いを募らせる要因にもなった。同じ時を近い距離、それも俺にだけ許された距離で、至さんと過ごす時間は特別だった。恋にしては小さな芽はやがて成長し、俺が好きの感情を自覚すると綺麗に花が咲いたらしい。
いつか、いつかこの想いを知ってもらえたらそれでいい。
至さんへの好きを自覚した俺は、人生で一度きりの初恋を大切にすることに決めた。
それはそれとして、俺が至さんを好きだと自覚した話を前提とするのなら、俺の異変は彼のおかげで気がつくことができたというわけなんだが。
話は戻って数週間前。至さんとゲーセンに行く約束をしていたらしい俺は、ものの見事に約束の存在自体を忘れた。本当に、忘れてしまったのだ。うっかり、ではなく、その場面の記憶全てを、失くした。
その日『今どこにいんの? まだ大学?』と至さんから連絡が入ったのは午後六時を過ぎた頃だったと思う。その時俺はすでに寮の自室にいて、大学から出された課題に向き合っていた。
普段も至さんと連絡を取ることは多い。しかしそれは、ゲームについての会話が多く、ゲリライベントの誘いだったり、ソシャゲで引けたカードたちをただ送り合ったり。それから新しく買ったスタンプを連打されることや、もっと、もっと近い距離でのやり取りが主だった。だからその日、彼からいつもより内容のある連絡が来て俺は、違和感を覚えた。
「……どこにいんのって」
メッセージを遡ってみるも、約束をした形跡はない。
一つ前のメッセージは至さんが昼ごはんにとんかつを食べたことに対して、スタンプを送り返しただけだ。
――俺、至さんと約束したっけ。
記憶の引き出しを端から辿るも思い当たらない。どこにいるのか聞かれてるっつーことは、約束をしたのではなくただ暇かどうかを聞かれているのかも。しかしどうしてか、そうではないと直感が告げている。
そのうちに続けて『とりあえず先行ってる』とメッセージが届き、前のメッセージに既読が付いたからそうすることにした、と至さんから言われたようで焦った。
誤解のないように言っておくが、本当に記憶がなかった。彼とどのように約束したのか、何をどこでどうするのか、内容すらその全てが。
記憶力には自信がある。最低なことにそれについて苦労した事がないと他人を下に見たことだって、ある。本当に、最低だが。しかしだからこそ、記憶がない、ということに俺は感じたことのない感覚を持った。その感覚の名前は、今なら分かる。
恐怖。
恐ろしいと思った。怖いとすらも。忘れてしまうのではなく、なくなってしまったというそれが恐怖だった。
至さんが勘違いしているのかもしれない。俺ではなく、他の誰かに連絡をしようとして間違えたのかも。そうならどんなに良いだろう。失った記憶を見ないふりするみたいに、俺は至さんに電話を掛けた。
『あ、万里?』
「っ、たるさん……」
『なに、お前。どうした? 具合悪いの?』
「あー、いや。その、今日さ。約束、してたよな?」
『ん? うん。ポコスの特典付くの、今日からだろ。あ、もしかしてだめになった? いいよ、大丈夫。グループトークで誰か来られないか聞いてみる』
「いや! そうじゃねえ。わり。今行くから、待ってて」
『? 万里、なんか変、』
「ほんとごめん。すぐ行く」
『あ、ちょっと! ば、』
何かを察せられる前に慌てて電話を切り、テーブルの上に額を押し付け息を吐く。
それから確信した。
至さんとの記憶が〝ない〟。
今日した約束も、特典のためにどこかへ行こうとどちらから提案したのかも。その会話さえ、全て。その部分がまるっとなくなっている。なぜどうして。見つからない探し物を探すみたいに荒っぽく記憶の引き出しを開ける。今日帰ってきた道、今書いていた文字、朝何を食べて誰と何を話し、昨日いつ風呂に入って誰と最後に会話をしたか。先週監督ちゃんに頼まれた事、それこそ旗揚げ公演のルチアーノの台詞にカーテンコールの景色まで。そのどれも鮮明に思い出せるのに。どうしてか至さんとした約束だけが思い出せない。
恐怖とそれに似た怒りをテーブルへと叩きつけ、答えのない問題を考えるより先。至さんの待つ場所へ走り向かった。
至さんの発言からどこにいるのかは予想できた。彼のはまっているゲームとファミレスがコラボして、天鵞絨駅すぐ近くの店舗に至さんはいた。
俺の姿を見つけ不安や心配をした表情で「無理しなくて良かったのに」とメニュー表の端を親指で引っ掻きながら呟いた。
「ごめん、寮に帰ってた」
「あ、そうだったんだ」
「忘れもんして、それで。ほんとごめん」
「いいよ、そんなに何回も謝んなくて。……何かあったら連絡くれるのに、何もなかったから心配しただけ」
「……うん。ごめんなさい」
「いいってば。そのかわり、ちゃんと特典当てろよな」
「うん」
「……」
至さんの言う通りだった。
都合が付かなければすぐに連絡を取るようにしていた。それなのに今の言い訳は苦し過ぎる。それにしたって俺は役者だ。しっかりしろ。自分に言い聞かせ、まだ表情を曇らせる至さんに「一発で当てるんで、任せろよ」と自信を含ませ返した。
それから俺は、その日あったことを箇条書きでメモすることにした。
誰と会話して、内容は何か。それから食べたものと芝居に関してはアドバイスと報告や連絡、相談事項までとにかく細かく。俺が誰にどう言ったかも忘れてはいけない。
「万チャン、最近すげーメモしてるッスね」
「ま、一応な。ワークショップでも似たようなこと言われっから。ジャンル分けしといたら楽だろ」
「あーっ、なるほど! それで自分の長所と短所を見つめ直すってことッスね!」
「そんなとこ」
「万チャンかっけ~!」
太一の言う通り、芝居に関してはこれが役に立つ事も多い。それに毎日メモをする事で、記憶がなくなる現象についてある法則を見つけ出す事ができた。それは俺と至さんのことに関してだけ、記憶を失うということだ。
鬱陶しいことに、誰か第三者が絡むと記憶は維持されるのだ。たとえばイベント公演に俺と至さん、それから他の劇団員がいたら忘れない。朝ごはんや夜ご飯、たまに重なる風呂の時間まで。誰かしらいることで俺の記憶は全て残ったまま。しかし、だ。俺と至さん。二人だけの記憶は、一定の時間経つことで失われてしまう。時間経過はバラバラだし、さらにどの記憶がなくなるのかは法則性がないから困っている。
「話してすぐ忘れる、とかじゃねえから助かってるけど」
同室者のほとんど騒音のイビキをBGMに、今日至さんとした会話、ゲームの内容についてのメモを振り返りながら、独り言とため息も吐いた。
特定の誰かとの会話だけ、っつーのはありがてえけど、なんでよりによって至さんなんだよ。兵頭ならマンツーマンで話すことも少ねえっつーか、支障も最低限にできるだろうに至さんは無理だ。二人きりになるのを避けようもんなら聡いあの人は俺の異変にすぐ気がつく。それこそ一回やらかしてんだ。今度こそどうしたんだと間接的にアプローチしてくるだろう。
至さんが直接聞いてこないのなんか分かっている。だから困る。……にしても、こんなところで俺にだけ許された距離が仇になるとは。恋心を自覚した時すら思ったことないのに。
それにこうなってしまった原因が分からない。きっと何かあったんだろうが、俺がこの部分的記憶喪失に気がつく前に忘れてしまったんだろう。めんどくせえけど、どうにかして思い出すしかない。思い出せるのかもわかんねえが、やるしかない。このまま至さんとのことだけを忘れるのは、それこそ難易度ヘル級のミッションだと思うから。
今まで書き記してきたメモたちを読みながら整理し、それから記憶の中に残るあの人の笑みを思い返す。
大丈夫。至さんを悲しませることだけは、しない。
もう一度心に深く刻み込み、俺は眠りについた。
▷
それからは順調に進んでいたと思う。
メモに使っていたノートは二冊目の半分まで進み、ほぼ日記のようなそれもかなり慣れてきた。毎朝何を憶えていて忘れているのか確認する作業は正直しんどく、怖さもあった。至さんとのことを忘れるのもそうだが、カンパニーのやつらとの出来事や他のことを忘れるのも悲しいと思ったから。しかし相変わらず忘れてしまうのは至さんと二人だけの記憶で、それも俺が嬉しい、楽しい、といったプラスの出来事を失くすからよりしんどさが増す。ゲームをするのも、芝居について話をするのも。どうでもいい日常会話にもっといえばその時見た俺が好きな彼の姿まで。その全てを失うから辛かった。
二人でゲームをしながら寝落ちた翌日、朝起きて至さんの横顔があった日なんて柄にもなく焦った。
忘れないようスマホにメモしたはずなのに、お互い睡魔に負けてそうなったんだから記憶の欠片は途中までしかなく、何か余計なことを口走っていないか。それだけが焦りを憎悪させ、最後にとったメモたちを頼りに恐る恐る至さんを起こしたこともある。
すやすやと穏やかな寝息をたて、絶対跡がついているであろう前髪は寝息とともにふわふわと揺れ愛らしい。長い睫毛が目の下に影を落とし、ああ、寝る前はここに隈があったかどうか。それさえも思い出せない。
声を掛けたら眠い目を擦りながらふにゃふにゃになりながら起きるんだろう。
至さん、どんなふうに起きてたっけ。
寝起きは悪い方だったよな。良い方ではなかったはず。
俺はこの人を起こして、それからすぐに自室に戻っていいんだよな。いつもそうしてたはず。たまには一緒に朝ごはんを食べに談話室に行ってたか。それとも、ゲームの続きをしていた?
「……んなことも覚えてねえのかよ」
チッ、思わず舌打ちが出た。
知っているはずなのに、俺の記憶にない至さんがいる。
メモしなくても当たり前と思っていたことが当たり前ではなくなってて、どれが正解か。選ぶ選択肢を与えられていることすらラッキーに思えて腹が立つ。
摂津万里は役者だ。
茅ヶ崎至に知られてはいけない。
演じ続けろ。
知らない誰かに毎日言われる気分だった。
それから俺は、どうしたって至さんのことが好きだった。
彼のことについての記憶を失いつつも、その気持ちだけは大切にしたかった。
穏やかに揺れるハニーベージュをそうっと撫でる。
どうかこの人への想いだけは、忘れませんように。
祈るように、願うように。俺は摂津万里を演じ続けた。
▷
至さんとの記憶が失う謎の現象からもうすぐ一ヶ月。
最初はプラスな出来事だけ忘れていたこの異変は、最近ではほとんどの二人きりの時間を憶えられなくなった。忙しいと理由をつけて距離をとることもできたが、そうはしたくなかった。ありがたいことに至さんを好きだという感情は失われていなかったし、二人の時間を俺が憶えていなくても至さんが知っていてくれるならそれでも良いと思えてきたからだ。
それに、だ。誰か第三者がいる時には記憶が失われないという条件は変わらずで、至さんに呼ばれるときは一〇三号室がほとんどだったから助かった。時々、千景さんが出張でいなかったり途中から帰宅したりで、記憶のメモが追いつかないなんてことは少なくて済んだのだ。
たった一ヶ月なのに季節はすっかり進んで、寒いけれど日差しは春の暖かさが含まれるようになったある日。ほぼ一ヶ月ぶりに外は大雨が降り、談話室ではお茶会が開催されていた。俺は少しだけ顔を出して、やることがあると抜け出しては久しぶりにゆっくり時間をかけて風呂に入って疲労を回復させた。自覚してはいたが、芝居のことと大学のこと。それに加えてこの厄介な記憶喪失体験のせいで疲れはピークだったらしい。熱めに設定された湯が心地よく、油断するとそのまま眠れそうなくらい神経をすり減らしていたようだ。
風呂から上がり、熱った身体を冷まそうとバルコニーで次の芝居の本を読んでいると至さんが俺を見つけた。
「おつ~」
「おつっす」
「風呂入ってたんだ」
「おー。至さんも入る?」
「んー、いや。今はいいかな」
「そ?」
どうやら機嫌が悪いらしい。
他の人からしたら変わらない気もする声のトーンと表情。それでも俺には至さんの機嫌が良くないと雰囲気で感じ取れた。
至さんも残業続きで疲れてるのかもな。
それとも、確かめらんねえけど俺の記憶喪失が原因か?
確認しようにも、今の俺は至さんとの出来事をほぼ忘れているから頼りなく、正解が分からないから悩ましい。だがどうしてか、彼の機嫌がいまひとつなのは、俺に理由がある気がした。
そのまま見て見ぬふりをしてしまおうか。じゃあ、おやすみ、そう言って通り過ぎてしまえば波風立てずめんどくせえこともない。それでもいいんだろう。いいんだろうが、俺にはできない。
白くまろい膨れた頬に、手入れも碌にしていないのにつやつやと艶めく唇は尖って何かを訴える。長い睫毛に隠されていた瞳がふいに持ち上がり、目が合ったのは美しい躑躅色。少ない光を吸収してはきらきらと。何かを言いたげな瞳に手を止めて「なに?」とできるだけ平静に。まるで板の上に立つことと同様に、誰かを演じ続けた。
「お前さ、俺に何か言わなきゃいけないこと、あるよね」
「何かって?」
「……」
ふぅん、と上から下までまるで値踏みされているようだった。値踏み、というより、俺の心の中を見透かすような、視線。言いたくないなら言う必要はない。いつだってそう。至さんは無関心に見えて俺を分かってくれた。それは至さんの優しさでもあったし、彼の繊細な部分でもあった。
だからこそ、内心では緊張した。
人の感情に聡いこの人は、俺の突然の行動たちを知らないはずがない。隠し続けるのも限界だった。
言わなくていいよと黙って隣にいてくれた彼が、わざと感情を剥き出しに俺を見て訴える。――まだ隠し続けるつもり? と。伝えたら楽だろうに、そうしなかったのは、俺が勝手に至さんが悲しむと思ったから。でもそれは違う。至さんは、俺の知っている茅ヶ崎至さんは強い。
躑躅色の瞳だけを真っ直ぐ見つめ、俺は言う。握りしめた拳は気がつくと冷たく、どうか知られませんように。知らない誰かに祈った。
「俺、あんただけの記憶がなくなってる」
「……」
「正確に言えば、二人きりになったときだけの記憶なんだけど。至さんとゲームしたり、会話したり。二人で芝居の掛け合いを練習した日もあったんだよな。……最近ではそれ全部、憶えてねえ」
次の日になると忘れてんの。最低だよな。
俺、あんたのこと、好きなのに。
憶えてねえの。ほんと、最低だ。
言えない言葉を飲み込んでは疑うことをしない美しい躑躅色から目が離せない。
驚きも悲しみも、感情を見せない至さんは何を考えているんだろう。ただ俺を見つめてはゆっくり頷きそして。
「……知ってたよ」
強く握りしめたままの拳に、彼の優しい指先が触れる。それから苦しいくらい眉間に皺を寄せて「ごめん」と呟いた。
「なんで至さんが謝んの。謝んなきゃいけねえのは俺のほうだろ。あんたとのこと、忘れてんのに」
「ちがうよ」
「何が?」
違う、とは何が違うんだろうか。
今もこの人を苦しめているのは、俺の記憶喪失が原因なのに。つられてこちらも眉間に皺が寄り、至さんが力無く笑った。
「俺、知ってたんだ。万里が俺のこと忘れちゃうって」
「え?」
「いつだったか忘れちゃったけど、けっこう前。一ヶ月くらい前、かな。ゲームしてたらお前、うとうとした日があって。ここで寝たら? って言ったのに、忘れちゃうからって。もう半分寝てるくせに、そう言ったんだよ。何を忘れるのか聞いたら、至さんのことだって言われた」
「うそだろ……」
「うそじゃないよ。俺、意味が分からなくて。そしたら、お前が持ってたスマホに、その日何のゲームして何話したかメモしてて。すぐにわかった」
「……」
「本当に、俺のこと、忘れてるんだ、って」
「っ、」
「万里の記憶力と粘着さは、しつこいくらい知ってるから」
だから、ごめん。
眉間の皺が緩み今度は困ったように眉は下がる。
嘘だと思いたかった。
いつのことだったかは記憶にないが、たしかこの異変に気がついてすぐ、彼の部屋で二人で寝落ちたと書いてあった気がする。……それさえも定かではなく、書いた記憶さえ失いつつあるのだと今ようやく気がつき背筋が凍った。
顔色の変わった俺を見て、至さんは俺の手を取りそれから指先をそうっと握られる。
「万里」と呼ばれた音は、俺のよく知る、大好きな人の声で。忘れたくない。強く、強くそう思った。
「大丈夫だよ」
「っ、」
「俺、忘れられても大丈夫。怒ったりしないよ。そりゃちょっと、あーいや、けっこう? 悲しいけどさ。でも、忘れたくないって万里の気持ちは痛いほど分かったから。それこそ忘れられないよ。お前のそんな顔見たら、余計に」
「そんな顔って……。どんな顔だよ」
「んー。忘れたくないよ~、って泣きそうな子供みたいな、そういう顔」
「は……、んな顔、してねえっつの」
「してるし」
「してねえ」
「してるの」
ふわ、あたたかく、優しい春の陽の香りが降ってきた。――至さんだ。至さんが、俺を強く抱きしめてくれてそれから「泣かないで、万里」とまるであんたの方が泣いてるんじゃねーの、と言いたくなる音で俺を呼んだ。
「……至さん」
「大丈夫。俺は忘れないよ」
「ん。……ごめん」
「次謝ったらボコす。ゲームで」
「ふは、ゲームかよ」
「もちろん」
「はは。うん。ありがとう、至さん」
穏やかな心音を聴きながら、そうっと、至さんの背に腕を回した。
つづく
当日はよろしくお願いします!:)