・週末/プライベート
金曜の夜に東京を発ち、1泊2日の小旅行へ。 雪国の地方都市で、のんびり過ごせてよかった。この街に行くのは8年ぶりくらいだろうか。そのときは仕事で訪れただけなので、純粋に旅行で行ったのは15年ぶりくらいかも。前回も冬だったので、とにかく寒かった記憶だけが強く残っている。

昔は都市圏に出かけて、賑やかな休日を過ごすのが好きだった。でも今は、都市を離れて落ち着いた雰囲気のある地方都市で過ごす方がしっくりくる。こういう街に来ると、平穏を取り戻せる気がする。都市圏での生活による疲弊について、最近はわりと真剣に考えている。
旅行先では、ご当地料理を食べ、牧場に行き、城跡の公園を散歩した。特別有名な観光地がある土地ではないけれど、予定を詰め込まず、少ない場所にたっぷり時間を使う旅もいいなと思った。これは、昨年の釜山旅行でも感じた。
また、平日夜には学生時代の友人が東京に来たので、久しぶりに渋谷で飲んだ。思い出話をしつつ、それぞれの近況報告。やたらと人口密度の高いあの街にみんなで住んでいたのは、もう7年以上も前のことか……と、もう戻ってこない日々を懐かしく思った。 年に1回会えるかどうかの関係だけれど、このつながりが今の自分を形作っているのだと、あらためて確信した。
・仕事
忙しかった。 月曜日は仕事が終わらず、取引先も交えて23時過ぎまで対応した(それでも終わらなかった)。その疲れを引きずったまま、火曜・水曜もパフォーマンスが上がらず、金曜日の午後は打ち合わせ中も頭がぼんやりしていた。
今のポジションになってから、日中の時間の9割近くがメンバーからの相談対応になっている。彼らの経験やスキルを考えれば仕方ないとは思うものの(正しく言うと、経験は自分よりもユニークなのだが、それがスキルに昇華されていない)、自分の「やり込む」「おせっかい」な性格もあり、つい一緒になって時間をかけすぎてしまう。 このあたり、20代のコンサル時代に鬼上司から叩き込まれた仕事の流儀が、今も抜けきらずに残っている気がする。正直、忘れたいのだが…。
その結果、自分自身の仕事や、マネジメントに腰を据える時間をどう捻出するかに悩んでいる。AIやITツールも使ってはいるが、業務効率が抜本的に上がった実感はない。
加えて、英語を使う業務が「一部だけ」あるのも効率が悪いと思っている。すべて英語なら資料も一貫して作れるけど、仕事の一部だけ英語が混ざることで、マージナルコストが異様に高くなっている感覚がある。
そんなわけで金曜の午後には完全に息切れしていたが、メンバーの体調不良が回復し、久しぶりに全員が揃ったのは嬉しかった。
・今週、よく聴いた音楽
ガンの終末期の友人がいて、余命があと数週間だと聞いた。まだ、その事実をきちんと受け止められていない。そんな中で 合唱曲の「なぎさの地球」を、繰り返し聴いていた。これは昔のNHKの合唱コンクールの課題曲。
(YouTube) https://www.youtube.com/watch?v=gTonSc0neQg
大岡信作詞、木下牧子作曲。 歌詞の深さと余韻、音楽の響きの豊かさ、とくに冒頭の旋律が再現されながら、ゆっくりと長いクレシェンドでフレーズの山を作っていくところが胸に残る。 この曲に出会ってから20年ほど経つけれど、今聴いても、あらたな発見がある。「なんにも思い出すものが なくなったとき 私はさいごに 何を思い出すだろう」
・ふと考えたこと
自分の30代を振り返っていた。 良いことばかりが思い出されるが、その中でも、もっとも良かったと思えるのは、30代前半で海外駐在を経験したことだろう。
あのときの経験や苦労、そこで築いた友人関係は、今の自分を支える土台になっている(上にも書いたけど)。異国の地で苦労を共にした仲間(日本人も、現地や他国出身の人も含めて)との絆は、日本ではきっと生まれなかったと思う。たとえ日本で彼らと出会っていたとしても、それは別物だったはず。
一方で、仕事に偏りすぎて、駐在以外の人間関係を広げられなかったことや、現地の生活を十分に楽しみきれなかったことには、今も少し後悔がある。それでも、あの時間が本当に良いものだったという感覚は揺らがない。