「すべての時代は続くものを夢見る」(1/10)

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小林の『無常といふ事』の傍に、花田清輝の「『慷慨談』の流行」を置いたらどういうことになるであろうか。これは私にとって、刺激的な空想であった。即物的な外部の動きによって、時代の空間が意味を変えるとしたら、小林秀雄の内的持続も外部の空間の枠内の問題に帰せられるのではないか。花田の立場から、小林秀雄の戦中戦後の持続を徹底的に相対化してみること、そして最後にのこるものは何か、この仮説を育ててゆくことによって、私は拙著『戦後史の空間』の空間意識を手に入れたことを、いわば「職業の秘密」として告白しておきたい。このとき小林の「ソヴェトの旅」のつぎのような一節が、なんと新鮮にみえてきたことであろうか。

「スターリンは、何も奇怪な人物ではないし、『鉄のカーテン』といふ政策も、少しも非常識なものではないでせう。政治を動かしているものは、理論ではない、必要である。(中略)スターリンが、必要から行はねばならなかつたのは、コミュニズムの普及とか、言論の統制とかいふ生やさしい事ではなかつたでせう。敢へて言へば、それは国家の設計であり、国民意識の製造である。」

(「小林秀雄という現象」磯田光一『小林秀雄レクイエム』p.94)

「人類というのは慢心と偏執的な恐怖心(パラノイア)との間を行きつ戻りつするものらしい:我々の増加し続けるパワーから生じるうぬぼれと、我々は常に、そしてますます脅威にさらされているパラノイアとは対照的だ。得意の絶頂にありながら、我々は再びそこから立ち戻らなければならないと悟らされるわけだ…自分たちに値する以上の、あるいは擁護しきれないほど多大な力を手にしていることは我々も承知しているし、だからこそ不安になってしまう。どこかの誰か、そして何かが我々の手からすべてを奪い去ろうとしている:裕福な人々の抱く恐怖とはそういうものだ。パラノイアは防御姿勢に繋がるものだし、そうやって我々はみんな、遂にはタコツボにおのおの立てこもりながら泥地越しにお互いと向き合い対抗し合うことになる」

「作品の出発点のひとつに自分が第一次世界大戦(1914-1918)に興味を抱いていたことがあったわけだが、あれは複数の帝国主義国家の傲慢が衝突したことから生じた、文化の違いを越えて広まった度を越えた狂気の沙汰だった。あの大戦はタイタニック号沈没事件(1912年4月)後ほどなくして始まったもので、私にとってタイタニック号事件と第一次世界大戦は似通った存在だったりする。タイタニック号は〈不沈艦〉と呼ばれ、当時の人類の技術力の頂点を誇る、人類にとっての自然に対する最大の勝利になるはずだった。第一次世界大戦は多くの資材・機材が投入された物量の闘いであり、当初は『クリスマスまでには終結するだろう』(開戦は1914年7月28日)と楽観視されていた。人類に対する意志の力と兵器力との大いなる勝利を記すはずの戦争だった(交戦国が使用した機関銃、迫撃砲、戦車、毒ガス他の新たな軍事テクノロジーおよび生産・補給力が防御優位の状況を招いたためにヨーロッパ西部戦線では膠着した塹壕戦が続き、膨大な数の死傷者に繋がったとされる)。この双方の壊滅的な失敗は、人類と人類が自らのために作り出そうとする世界との関係にまつわる劇的な実験の数々が行われたひとつの世紀をお膳立てすることになっていった。私は第一次世界大戦時に死闘が繰り返されたあの灰褐色で陰気なベルギーの広大な戦地(中立国ベルギーはドイツに侵攻され多くの戦闘の舞台となった)について考えていた:そしていかに、それら人類の味わったあらゆる希望や失望がほとんど変化をもたらさなかったという点についても考えていた。平野や海は存在し続けるが、我々人間は他愛ないおしゃべりの雲に包まれたままこの世から消えていくのだ、と。」

「60年代後期に書かれたルー・リードの「I'm Set Free」は、書かれた当時以上に現在の方がより意義を持つように思える曲だ。ユヴァル・ノア・ハラーリ(Yuval Noah Harari:イスラエル人の歴史学者/著述家)が書いた本『SAPIENS:A Brief History of Humankind』を読んだことのある者なら誰しも、“新たな幻影を見つけるために私は自由になる(I'm set free to find a new illusion)”というあの曲の一節の持つ物静かな皮肉に思い当たるのではないかと思う…そしてそこにある、自らのストーリーから抜け出したからといって我々は何も〈真実〉-それがどんな真実であれ-に足を踏み入れるわけではなく、また別のストーリーの中に入っていくものなのだ、との言外の含みも理解することだろう。」

「このアルバムは空白を挟んで綴じ込まれた物語の連続なんだ。そのいくつかは私も知っているし、またいくつかはこうして今、物語を作り上げながら私自身が発見しつつあるストーリーでもあるんだよ」

(ブライアン・イーノ『The Ship』2015)

[Verse 1]

I've been set free and I've been bound

To the memories of yesterday's clouds

I've been set free and I've been bound

And now

I'm set free

I'm set free

I'm set free to find a new illusion

[Verse 2]

I've been blinded but now I can see

What in the world has happened to me

The prince of stories who walks right by me

And now

I'm set free

I'm set free

I'm set free to find a new illusion

[Verse 3]

I've been set free and I've been bound

Let me tell you people what I found

I saw my head laughing, rolling on the ground

And now

I'm set free

I'm set free

I'm set free to find a new illusion



[1]

ずっと自由でいて ずっと縛られている

昨日の雲の記憶に つながれている

ずっと自由でいて ずっと縛られている

そして今

俺は解き放たれた 自由になった

新しい幻想を見つけるために

[2]

ずっと目が見えなかった けれど今は見える

何が起こったんだろう この俺に

横にぴったり歩いているのは お伽話の王子様

そして今

俺は解き放たれた 自由になった

新しい幻想を見つけるために

[3]

ずっと自由でいて ずっと縛られている

俺が見つけたものを あんたがたにも教えてやるよ

俺自身の生首が 笑いながら地面を転がって行ったんだ

そして今

俺は解き放たれた 自由になった

新しい幻想を見つけるために



私がザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの存在を知ったきっかけは、ジョン・ピールのラジオ番組だった。ちょうど彼らのファースト・アルバムが発売された時期で、“求めていたものはこれだ!これについてもっと知りたい!”って思った。その頃の私は、人生における重大な局面にいたんだ。画家になるべきか、音楽の道へ進むかを決めかねていた。私はどの楽器も演奏できなかったから、音楽の道を選択する可能性の方が低かった。でもザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの音を聞いた瞬間に“いや、両方できるじゃないか”と思えたんだ。それは私にとって、とても重要な瞬間だったんだ。



この曲はずっと私の心に響いてきたけど、歌詞の意味に向き合うのには25年もかかってしまった。“新たな幻影を見つけるために、わたしは自由になる”。なんて素晴らしいんだろう。幻影からは現実に辿り着かない(これは“真実を追い求める”という西洋の思想)と言っているが、むしろ我々はひとつの実現可能な解答から、より最適な解決方法を見出していくんだ。



結局のところ、その実態がなんであれ、我々が真実を常に追い求めるなんて不可能だと思っている。我々にとって重要なのは、実用的で知的なツールと発明を持っているかどうかだ。ユヴァル・ノア・ハラーリは、著作の『Sapiens』の中で、大規模な人間社会は、共通の“筋書き”のために一体化し、実現に向け動くことができると述べている。民主主義も、宗教も、お金も、その“筋書き”となりえる。この考えが“新たな幻影を見つけるために、わたしは自由になる”という部分にしっくりと当てはまるんだ。手招きしながら我こそが「正しい道」を知っていると主張している人々の存在は、今我々に必要ない、と私は思うよ。

http://amass.jp/71857/(ブライアン・イーノ、)

20th Century Blues by Noel Coward

(『二十世紀のブルース』ノエル・カワード)



Why is it that civilized humanity

その市民化された人間らしさは何のため

Can make the world so wrong?

ここまで世界をおかしくできるの

In this hurly-burly of insanity

この狂気の喧騒の中

Our dreams cannot last long.

私たちの夢が長続きすることなんてない



We've reached a deadline,

私たちは死線に達して

A press headline,

プレスの見出しには

Every sorrow.

すべての悲しみ

Blues value

ブルースの価値は

Is news value

ニュースの価値

Tomorrow.

明日のね



Blues

ブルース

Twentieth century blues

20世紀のブルース

Are getting me down.

は私を落ち込ませるんだ

Blues

ブルース

Escape those weary

うんざりするような20世紀のブルースから

Twentieth century blues.

逃げていこう



Why,

なぜ

If there's a God in the sky,

空の上に神様がいるなら

Why shouldn't He grin

なぜ彼はにっこり笑わないんだろう

High

高く

Above this dreary

このつまらない

Twentieth century din?

20世紀の騒音の上で



In this strange illusion,

この奇妙な幻想の中、

Chaos and confusion,

混沌と混乱の中、

People seem to lose their way.

みんなどこに行けばいいのかわからなくなって

What is there to strive for,

必死になってなにがあるのか

Love or keep alive for,

愛したり生き続けたり

Say, 'Hey, hey!'

「おい、ちょっと」

Call it a day?

それが1日だっていうのかい



Blues

ブルース

Nothing to win or to lose,

勝つものも敗けるものもない

It's getting me down.

私を落ち込ませるだけ

Blues

ブルース

Escape those weary

うんざりするような20世紀のブルースから

Twentieth century blues.

逃げていこう



We've reached a deadline,

私たちは死線に達して

A press headline,

プレスの見出しには

Every sorrow.

すべての悲しみ

Blues value

ブルースの価値は

Is news value

ニュースの価値

Tomorrow.

明日のね



Blues

ブルース

Nothing to win or to lose,

勝つものも敗けるものもない

It's getting me down.

私を落ち込ませるだけ

Blues

ブルース

Escape those dreary

逃げていこう

Twentieth century

このうんざりするような20世紀の

Blues.

ブルースから

〈マリアンヌ・フェイスフル『20th Century Blues』についての注釈〉

「本盤の原タイトルが "20th Century Blues" と題されていることに注目しよう。(中略)これは当夜に歌われた1930年代の歌のうちで唯一、ロンドンを起源とするキャバレー・ソングである点に注意を喚起したい。

すなわち、ノエル・カワードが音楽劇《カヴァルケイド Cavalcade》(1931)のための挿入歌として作詞作曲した《20世紀ブルーズ》がそれである。」

「1930年代のロンドンはパリやベルリンに優るとも劣らぬブルージーな翳りを帯びた大都会だったのだろう。」

「マリアンヌは自らが怒濤の青春期を過ごしたスウィンギング・ロンドンをさらに三十年ほど遡り、ワイマール共和国時代のベルリンと二重写しに幻視することで、イマジネーションを先鋭化していったのだろう。このアルバムもまた「二都物語」であると記したのは、そうした経緯を想像するからである。」

https://numabe.exblog.jp/239727700/()

「彼女(マリアンヌ・フェイスフル)は1946年12月29日にイギリスのロンドンで生まれた。

父親が英国人で母親はオーストリアの名門貴族の家系出身だという。

“マゾヒズム”という言葉の由来となったレオポルド・フォン・マゾッホを親戚に持つことでも有名である。

幼いころに両親が離婚し彼女は修道院で育つ。」

(http://www.tapthepop.net/day/55007)

Sex With Strangers (2002)

[Verse 1]

Someone saw you by the waterside

誰かが水辺であなたを見た

Nothing you can do will change her

彼女を変えるのにあなたができることはなにもない

This is not the time for secrets

秘密にするようなことじゃない

Save your breath

もう何も言わないで



[Chorus]

It's time for sex with strangers

今は見知らぬ人とセックスするとき

It's time for sex with strangers

今は見知らぬ人とセックスするとき

It's time for sex with strangers

今は見知らぬ人とセックスするとき

Maybe, sex with someone else

たぶん、他の誰かとセックスするとき



[Verse 2]

Completely empty

完全に空っぽで

You have nothing left inside

あなたの中にはもう何も残ってない

Bored, you thought you'd try a little danger

少し危険を試そうとしたのは退屈していたから

And now you have betrayed yourself

そして今あなたは自分自身を裏切った



[Chorus]

It's time for sex with strangers

今は見知らぬ人とセックスするとき

It's time for sex with strangers

今は見知らぬ人とセックスするとき

It's time for sex with strangers

今は見知らぬ人とセックスするとき

Time for sex with someone else

他の誰かとセックスをするとき



[Verse 3]

She wants to run away and hide

彼女は逃げて隠れたがってる

Nothing you can do will save her

彼女を救うのにあなたができることは何もない

She thought she knew you

彼女はあなたを知っていると思ったはず

Knew how much you felt

あなたがどんなに感じたかを



[Chorus]

But now it's sex with strangers

でも今は見知らぬ誰かとセックスしてる

Now it's sex with strangers

今は見知らぬ誰かとセックスしてる

But now it's sex with strangers

でも今は見知らぬ誰かとセックスしてる

Time for sex with someone else

他の誰かとセックスをするとき

But now it's sex with strangers

でも今は見知らぬ誰かとセックスしてる

Now it's sex with strangers

今は見知らぬ誰かとセックスしてる

But now it's sex with strangers

でも今は見知らぬ誰かとセックスしてる

Now it's time for sex with someone else

今は他の誰かとセックスするとき



〈マゾッホ『聖母』について〉

「『聖母』は、ロシアのガリツィア地方のとある農村に起こった、新興宗教の女教祖・マルドナと、彼女を愛し裏切りの果てに十字架にかけられ命を散らした男・ザバディルの物語である。」

「聖母は信者たちを断罪する。浮気をした女は信者たちに木の枝で鞭打たれ、聖母の神聖を侮辱したものは寄ってたかって足蹴にされる。それでも、信者たちは聖母・マルドナを信望し、その魅力にひきまわされるのである。」

「帝政末期のロシアの閉塞感から生まれた、信仰なのだろうか。」

(https://mina-r.at.webry.info/200809/article_12.html)



「犠牲者をかどわかし、それが自分の意にそわず説得を受け入れまいとすればするほど悦楽を覚える拷問者の存在はここではもはや姿を消してしまっている。われわれが目にするものは、拷問者を養成し、説得し、この上なく奇妙な企てのためにそれと盟約を結ばずにはいられない犠牲者なのである。」

(ジル・ドゥルーズ『マゾッホとサド』)

「ヴァイルは若い頃はロマン派オペラの世界で作曲を学び、歌劇場でキャリアを開始した。その後、ブレヒトと出会うことによって、民俗的な音楽から風刺の世界に強く惹かれるようになった。1926年に女優ロッテ・レーニャと結婚するに至って、さらにそれは顕著になった。

 このオペラは、ブレヒトとの出会いの頃から構想され、最初にソングシュピーゲルと名付けられた「マハゴニー」(小マハゴニー)が作曲され、それを発展させた形でオペラに到達した。」

「一攫千金を夢見てここまでやって来たベグビック夫人、モーゼス、ファッティの三人は、砂漠で金を採掘するのは大変だから、ここにマハゴニーという欲望を満たす快楽の都市を造って、金を持っている人からそれを巻き上げようと相談する。

 数週間の後に都市が誕生する。最初に人喰い鮫と呼ばれる娼婦のジェニーと六人の女たちが移住して来て、故郷を偲んで歌う(「アラバマの月」)。」

Alabama Song (Whisky Bar) アラバマの月

ああ、次のウィスキーバーへの道をおしえてよ

ああ、なぜ何て訊かないでよ

次のウィスキーバーを見つけなければならないの

でなきゃ、次のウィスキーバーを見つけなければ私たちは死んじゃうわ

あんたに言うけど私たちは死んじゃうの

あんたに言うけど私たちは死んじゃうの

教えてやるよ

教えてやるよ

あんたに言うけど私たちはきっと死んじゃうのよ

ああアラバマの月よお別れを言うときよ

私たちは良い古いママを失ってしまったのよ

だからドルが要るのよ、なぜか分かるでしょ

ああアラバマの月よお別れを言うときよ

私たちは良い古いママを失ってしまったのよ

だからドルが要るのよ、なぜか分かるでしょ

ああ、私たちにおしえてよ、次の小さな娘への道を

ああ、なぜ何て訊かないでよ

だって私たちは見つけなきゃいけないの、次の小さな娘への道を

だってもし私たちが見つけなきゃ、次の小さな娘への道を

だってもし私たちが見つけられなきゃ、次の小さな娘への道を

あんたに言うけど私たちは死んじゃうの

あんたに言うけど私たちは死んじゃうの

教えてやるよ

教えてやるよ

あんたに言うけど私たちはきっと死んじゃうのよ

ああアラバマの月よお別れを言うときよ

私たちは良い古いママを失ってしまったのよ

だからドルが要るのよ、なぜか分かるでしょ

ああアラバマの月よお別れを“auf wiedersehen”て言うときよ

私たちは良い古いママを失ってしまったのよ

だから小さな娘が要るのよ、なぜか分かるでしょ

あなた分かるでしょ

あなた分かるでしょ

Utte Lemper En Veu Alta “Alabama song” Brecht/Weill Versions històriques 1992

「ところがハリケーンは、マハゴニーの町に到着する一分前に停止して迂回してしまう。安堵した市民の「お構いなし」というモットーのもとに町は大繁盛する。そして飲み食いやセックスが蔓延し、大食漢のジャックは食べ過ぎて死んでしまう。ジョーは大男のモーゼスとボクシングをして死んでしまう。ジムはジョーを応援しようとこの試合に全財産を賭けるが、彼が負けたために無一文になってしまう。それなのに「お構いなし」のモットーのもとに無銭飲食を働いた罪で逮捕される。」

「この町は今ではお金の法則が幅を利かせて物価は高騰し、ベグビック夫人が描いた理想郷の町は混乱に陥る。

 ある日、酒浸りの町を神が訪れて皆を地獄に連れて行こうとするが、男たちは、ここはもう地獄だからと言って神の命令に従わない。そこにジムの柩が運ばれて来る。その前でファッティはジムの偉大さを称えるが、「誰も君を、他人を、救うことはできない」と皆で唱和する。」

(https://www.chopin.co.jp/media/opera217/a2147)

「両大戦に挟まれたこの時代、ヨーロッパでは建築の世界でも綺羅星のごとき傑作が陸続と出現するという、ある意味とても異常な時期であった。そういえば『愛の嵐』の一シーンがアドルフ・ロースの設計したアメリカン・バー(1907)で撮影されていた。」

「『アラバマ・ソング』を含むオペラ『Mahagonny』(1927)がブレヒトとヴァイルによって作られたその前年、ロースはパリのモンマルトルにトリスタン・ツァラの家を設計していた。」

https://santiargon.hatenadiary.org/entry/20090503/1241303318

大事なのは技術の破壊でなく

技術の改築、人間が再び人間となるのは

大衆から抜けでることによってでなく

大衆の中に入ることによってだ」

(ベルトルト・ブレヒト“Die Essays von Georg Lukacs”)

る。

(http://hakagiminori.hatenablog.com/entry/2012/12/02/082119)

「導かれない思考」とは意味の伝達を一義的な目的としない、イメージの自由な連鎖としての白昼夢的な思考であって、未開社会から近代資本主義社会への展開は「導かれた思考」による「導かれない思考」の抑圧によってもたらされたというのが、ツァラの主張である。ここまでは、ほぼユング経由の理解だが、その後ツァラはやや唐突な感じでエンゲルス『反デューリング論』とマルクス『資本論』を引用して、「否定の否定」と「質から量への(あるいは量から質への)転換」について述べてから、「精神活動としての詩」が、まず最初に「表現手段としての詩」を否定し、次に革命の不可欠な必要性が、詩そのものの革命への命がけの参加を要請するので、今度は「精神活動としての詩」自体が否定され、この否定の否定から「集合的心性の領域だけで見出されるだろう力強さにまで高められた、新しい詩」が生まれるだろうと結論するのである。この短い、だが重要な「試論」で、ツァラはあきらかに、新たな言語コードを獲得しようとしている。マルクス主義と精神分析というコードだ。激動の1930年代パリの入り口で社会と思想の革命へと彼を導く言語装置を選んだことは、ツァラにとって、15年前のチューリッヒで実現したフランス語という言語コードの選択に続く、決定的な選択となった。

(『トリスタン・ツァラの知られざる軌跡:ダダから「実験夢」へ』)

アヴァンギャルドは文学では象徴主義や自然主義、絵画では印象主義といった直前の伝統と断絶した。この断絶はロマン主義に始まる伝統の継続である。この伝統において、象徴主義、自然主義、印象主義といったものもまた断絶と継続の瞬間であった。しかしこれまでの運動とアヴァンギャルドの運動を区別するものがある。それは態度と計画の暴力性、作品の急進性である。アヴァンギャルドは先行する傾向の激高と誇張である。

(Paz, Octavio. Los hijos del limo. p. 159)

「生と死、現実的なものと想像上のもの、過去と未来、伝達可能なものと伝達不可能なもの、高いものと低いものが、そこからはもはや互いに矛盾したものとは感じられなくなるような精神の一点」

(アンドレ・ブルトン『シュールレアリスム宣言集』p.90) 

第一次大戦中の一九一六年にチューリッヒのキャバレー・ヴォルテールから始まったダダの運動は戦中から戦後にかけて、敵対しあう国々の軍隊を出し抜くかのように、ベルリン、パリ、ニューヨークの「三大ダダ都市」はもちろん、ドイツ、オランダ、ベルギー、スペイン、イタリアなど欧はじめに米各国に拡がり、さらに東欧、ロシアそして南米へと同時進行的に伝わっていったのである。(「現代全書ダダイズム」)

シチュアシオニストのギー・ドゥボールは、1950年代初頭にフランスの前衛芸術運動レトリスムに加わった後、その中の最左派としてアンテルナシオナル・シチュアシオニストを結成、その中心人物として68年の五月革命などに大きな影響を及ぼした。(「現代美術用語辞典ver.2.0」)

「スペクタクル」とは現代社会の様々な領域で展開される疎外-抽象化による支配の形式を意味している。

場を支配するのはスペクタクル(見世物・・見せ場)であり、観客はそれを眺めることしか許されない。スペクタクルの以前では人間は受動性を強いられる。

完全な受動性を強いられ、イメージの装飾の中で支配構造の隠蔽が行なわれる。

ドゥボールは現代資本主義の本質を「受動性」と「外観」であると看破した。状況派の都市計画から思想表現としての「落書き」に至る実践は1972年のシチュアシオニスト・インタナショナルの解散によって終焉したが、現在でも大量消費社会は拡大と変容を続けている。

(http://hakagiminori.hatenablog.com/entry/2012/12/02/082119)

「フルクサス」1960年代前半にリトアニア系アメリカ人の美術家ジョージ・マチューナスが主導し、世界的な展開をみせた芸術運動。63年のマチューナスによるマニフェストでは、ヨーロッパを中心とした伝統的な芸術に対抗する前衛的性質を掲げながらも、フルクサスの語源がラテン語で「流れる、なびく、変化する、下剤をかける」など多様な意味をもつように、流動、変化という点において厳密な定義が避けられた。(「現代美術用語辞典ver.2.0」)

ネオ・ダダやポップ・アートが抽象表現主義と接続されることで"芸術"として認められたというのは分かりやすいが、コンサートやイベント等を主な活動としたフルクサスさえ、ポロックのアクション・ペインティングの身体性・偶然性を拠り所に、自らの"芸術"としての正統性を抽象表現主義とのつながりの中に見出したというのには驚いた。

(https://bookmeter.com/books/11060923)

バディウの見立てでは、20世紀芸術の最大の課題は、この「美学的宗教」としてのロマン主義といかにして決別するか、という点に集約される。すなわち、(デュシャンからシチュアシオニストに至るまで)20世紀のアヴァンギャルド運動は悉く、「無神論的な芸術」「完全に唯物論的な芸術」を目指して組織されてきたというのである。(略)この「潜在的な宗教心」と縁を切るには、有限と無限との「別様の連関」を見出す必要があるという。

(略)無限は有限の形態の中に捕らえられるのではなく、そこを通過する。またその際に形態も、無限を受け入れるためのたんなる容器ではなく、それ自体が「存在のトランジット」であるような、そうしたものとなる。そこにはもはや、確固たる対象としての作品ではなく、出来事の不安定性、形態の不安定なアレンジメントといったものが、つまり「形態化の多様性」があるのみであるのだ。「ハプニング」や「即興」といった20世紀芸術の特徴は、それをよく表しているだろう。無限が、出来事、ハプニング、即興といった「演劇的な偶然」から生じること、そしてその際に、形態が部分的に、しかし厳密に規定されていること。バディウによれば、これが20世紀の「理想」の特徴である。これこそが唯物論的形態化における「理想」であり、そこで無限は、有限から直接生じることになる。

(『真理のプロセスとしての芸術 : アラン・ バディウの芸術論』)

「《Interludes》(インターリュード)は終わりのないコーダのようなもので、ケージの《ソナタとインターリュード》へのオマージュです。和声的な素材のほとんどは、このアルバムのさまざまな部分から引き出されており、この曲は、ケージの《南のエチュード》から最後の小さなバッハの〈メヌエット〉への音の変容、移り変わりであり、タイムワープのようなものです」

(フランチェスコ・トリスターノ『bachCage』、2011)

どうして消え去ろうとしているものを糾弾できようか。消え去ろうとしている夕焼けはあらゆるものをノスタルジアの光で照らすのである、ギロチンでさえも。

(ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』集英社文庫、p.7)

永劫回帰の世界ではわれわれの一つ一つの動きに耐えがたい責任の重さがある。これがニーチェが永劫回帰という考えをもっとも重い荷物(das schwerste Gewicht)と呼んだ理由である。

もし永劫回帰が最大の重荷であるとすれば、われわれの人生というものはその状況の下では素晴らしい軽さとして現われうるのである。

(ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』集英社文庫、p.8)

「われわれがこの時代〔19世紀末〕に子どもだったという事実は、この時代の客観的な像に属する。それはこの世代を自身から解放するためにそうでなければならなかった。つまり、夢の連関においてわれわれは神学的な契機を求める。この契機というのは待つことである。夢は密かに目覚めを待っている。眠っている者は自身を死に、撤回されるまで、委ねており、彼が策略により死の歯牙から逃れる時を待っている。その子どもたちが覚醒のための幸運な動機となる夢見る集団にも同じことが言える」

「パサージュと室内、博覧会場とパノラマはこの時代に生まれた。それらはある夢の世界の残滓である。目覚めの時に夢の要素を活用するのは弁証的思考の模範である。だから、弁証法的思考は歴史的覚醒のための器官である。実際、あらゆる時代は次の時代を夢見るばかりではなく、夢見ながら目覚めへと突き進んでいく」

(「パサージュ論」『記憶の迷宮と夢からの覚醒一ヴァルター・ベンヤミンの想起論の人間形成論的意義について一』)

「一九世紀とは、個人の意識がますます反省的になってゆく一方で、集団的意識の方はますます深い眠りに落ちてゆくような時代(ないしは時代の見る夢) であった。この夢見る集団は、こうして、ここパサージュにおいて、自らの内面〔無意識の領域〕へと沈潜してゆくのである」

「資本主義は一つの自然現象であって、それとともに、ヨーロッパは新たな夢の眠りに襲われ、その限りのなかで神話的諸力の再活性化が生じた」

マルクス(『資本論』)のいう「商品の神学的きまぐれ」が産み出す市場のファンタスマゴリーは、「同一物の永劫回帰としてのモード」や「産業に夢を押しつける詑計」としての広告に先導されつつ、万博や娯楽産業やパサージュなどとして現出するとともに、時代の文化全体をいわば外部なき永遠の閉域、太古のカオス的願望の大々的再来としての神話世界へと変貌させてゆく。夢の世界の特徴の一つは、神話世界と同じく、 その永劫回帰性にあるのだ。

(『生きられた瞬間の暗闇ーベンヤミンと夢』)

a 理念にもとづく合目的〔終焉〕性。二〇世紀は一九世紀のさまざまな約束を果たす。一九世紀が思考したものを二〇世紀が実現する。例えば、ユートピア主義者や初期マルクス主義者が夢見た大革命が、それである。ラカンの表現を藉れば、これを二様に言い表すことができる。一方は、二〇世紀とは一九世紀がその想像的なこととしたものの現実的なことである。他方は、二〇世紀とは一九世紀がその象徴的な(一九世紀がその教義を創り、思考し、組織した)こととしたものの現実的なことである。

b 否定的な非連続性。二〇世紀は一九世紀(黄金時代)が約束したことの一切合財と縁を切った。二〇世紀とは一つの悪夢であり、潰えた文明化がもたらした野蛮である。

(アラン・バディウ『世紀』p.41)

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