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補助線

さおり
·
公開:2026/9/19

8月の終わりから9月のあたまにかけて『母性のディストピア』(宇野常寛さん)という本を読んだ。この本の主眼からはきっと外れた感想になるのだけれど、著者の宇野さんがガンダムのことめちゃくちゃ好きなんだなということが、文章から伝わってきてそこにすごく心が打たれた。批評、というかたちを取っているから、ほめそやしているわけではない、ガンダムという作品(シリーズ?)において何が描かれているのか、何を描こうとしていたのか、うまくいっていないところの指摘、そしてそれが上手くいかなかったのは、破綻してしまったのはなぜなのか、そういうことが書かれていた。でもそれはいわゆるアンチ的な文章とはわたしには思えず、それは底に「好き」があるんだろうな、ということが感じられたからだろうな、と思う。ひとつの作品が好きで、好きで、好きだから、知りたいと思う、考える、紐解いていく、「どうして、この表現に行き着いたのか」「どうして、この表現だったのか」ということを。そうしてひとつひとつ解いて、まじまじと見つめてみると、見ているようで見えていなかったものが姿を現してくる、思いがけないかたちが、作品への補助線としてあらわれることがある、それはもしかしたら自分の「好き」を肯定するものではなくて欠点や破綻を詳らかにしてしまうかもしれない。でも、そう、でも、だ、それでも、補助線を引くことを諦められない、やめられない。

だって好きだから。好きで、ずっと抱きしめてきたから、抱きしめてきているから、だから、知りたいと思う、この作品をつくった人は何をしようとしていたのか、何がしたかったのか、そしてそれがたとえ失敗していたとしても、受け止めたいと思うのだ。受け止める、ってそこに目を瞑ることじゃない、そこさえもひとつひとつ明らかにしていくこと、明らかにして、でも「それでも好きだ」って思ってしまう。

たぶんそういうことだよなって読みながら思って、到底及ばないことはわかりきっているけれど、わたしもこんなふうに書けるようになりたいな、と思った。

補助線を引きたい。晴一さんの歌詞に。

できるだけ遠回りするような補助線、引いている途中で思いがけない景色に出会えるような補助線、そういう補助線を引きたくて、『母性のディストピア』も、なにか晴一さんの歌詞を紐解くための参考、というか型みたいなものを知れるかなと思って読みはじめたけれど、この本のひとつひとつの文章の熱量に、予想外にくらってしまった、読み終わってからしばらく動けなくて、補助線を引くための言葉が、晴一さんの歌詞に辿り着くまでの言葉が、まだまだ全然足りていない、と思った。もっと言葉をあつめたい。できるだけ遠回りするためのことばを。たぶんそのほうが、この本に近いことができるような気がする。何を読もうかなあ、と考えていて、ひとまず『近代小説の表現機構』『言語の本意質』『教養としての大学受験国語』をパラパラしている、根拠は特にない、何かありそう、というわたしの勘だけ、何か見つかると良いな、見つかりますように。

@prn990908
ことばのさんぽみち ときどき雨宿り