4月も暮れに近づいてきた頃私が体験した話
私は濁った池を見ていた
急に雨が降り始めて目の前の濁った池に小さな波紋がいくつも広がっていた
桃色か白色のような花びらが水の上で漂っているのがキレイだと私は傘もささずに池を見続けた
無心で私はそのキレイな光景を見ていた
しばらくして突然我に返った
鱗が何箇所かはがれて白い身がむき出しになった鯉が今しがた私の目の前を通り過ぎたのだ
全く気づかなかった
桜の花びらがうろこと同じ大きさに見える
私はさすがに気持ち悪くなって後ずさりした
昔から横向きで浮いている魚を見るとどんなホラー映画よりもゾクリとする
いわば高所恐怖症みたいなもので
そういった状況下におかれると勝手に鳥肌が立ってしまうらしい
これは私の年齢がまだ指に収まるくらいの時期に横向きで浮いた口をぱくぱくさせている魚、もしくは死んだ魚を何度も間近で見たことが関係していた
雨が次第に激しくなる
私の肩と死にかけの鯉の体をうちつけている
水の圧力で浮いたり沈んだりしながらも動かない灰色の目が
涙で潤んでいるみたいだった
池の外で真っ赤な目の鳩がテキパキと動いている
周りの声が少しずつ遠のいていくのを感じた
目の前のコントラストに吐き気を催すが
だがしかし私の瞳は赤灰色だ
ポニーテールのセーラー服女子高生が私の前をすり抜け早足でどこかへと急いでいく
スカートが妙に短いことが気になり私は舐めるように彼女を見つめたが
次第に彼女は点になり興味は失せた
鯉は変わらず浮いていた
たくさんの人々が立ちすくんで動けない私を気にもとめることなく追い抜かした
眉間にシワがよった会社員が私の目線からすれば大きな歩幅で追い抜かした
白い顔に真っ赤な口紅を塗った茶髪の女性2人組も独特の声で笑いながら追い抜かした
イヤホンをつけたロングヘアーのメガネ男も
皆似たような動きで私を避け時々ちょっとかすりながら右へ左へ歩いていった
鯉も私も泳ぐことはなかった
こうして私は例の濁った池の上で今もまだ浮いている
紫色の空の下
横向きで浮いている