SNSを始めては消す日々を送っている。
ここもいつかは消えるかも知れないが、今の気持ちをまとめる為うだうだ書いてみようと思う。
主にTwitter、GRAVITYでこれを繰り返している。最近だとBlueskyを始めた。招待コードが来た2日後に招待コード不要になった。
SNSをやっていると「友達がほしい」といった投稿は溢れかえっている。正直なところかなりの人がそう感じているので、声をかけるなりフォローするなりで一時的に友達を作ることは容易い。
容易くない、と言うのなら声をかける時同性の方がいいだろう。女の子ばかりに声をかけたり、女かネカマかよく見かけるが友達が欲しいと言いながら返信やフォローしなかったり、は本気で友達を作るつもりなら悪手だ。色々な人がいるのでそれでも友達ができる人もいればできない人もいますが。
それはそれとして私の話に戻す。問題はその後だ。友達が友達を呼び自分と合わない人まで付き合いでフォローしてしまう。どうせ知らない人同士、無視すればいい。分かってる。だがそれが分かっていても出来なかったからこんな事になっている。
文章の雰囲気で合う合わないがあるのを、SNSをやった事のある人なら伝わるだろう。最初に苦手だと感じた人は最後まで苦手だった。そして自分の中でどうしようも無くなり、思考を放棄してアカウントを消すのだ。
今はSNSで友達作らないようにしている。
なんと淋しく愚かな。他者と交流ができる事がインターネットやSNSのいい所なのに。でも自分にはそれが正しくも感じる。
依存してしまうのだ。その場所にも人間にも。今だってもうアカウントすら見つけられないのに、話した内容やなにが好きだった人なのか覚えている。
話が逸れてきたので思い切り逸らしてみよう。
多分私は、生活や人生で使える時間の中でSNSの割合を増やしたくないのかもしれない。どうせ知らない人と自分には関係ない話を見る時間を無駄だと頭の片隅で思っている。この時間で他にできる事があったかも、と。どうせ何もしないくせに。
「人に依存するほど好きになるのに、どうせ知らない人と感じてるのは矛盾だ!」と書いていて思った。でも両立する感情だ。他人だから、自分が1番になり得ないからと拗ねている。でも諦め切れない。それだけなのかもしれない。
まとめる程の話ではないが、
『友達がいないからSNSを始めたのに、他の人は他の誰かと仲良いから寂しい』となる。
恥ずかしすぎ。