「夢見る明日」がめちゃくちゃに好きだ(再掲)

さと
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もうめちゃくちゃ好き。どうすればいいんだ。

出会いは3章。2章の配信で曲にドはまりした人間の初めてのまほステ現地観劇。「フィガロの余命告白シーンに曲付いたらどうします? 笑」とかいいながら銀河劇場に向かったあの日の夜。

あ、あった……。曲が…………………………。

いや、ちがくて。私がフィガロに取り乱してしまうからこの曲が刺さったのではなくて、やっぱり後半のリケとネロのパートが本当によかった。その対比として、潰えてしまった夢の前半パートが置かれていたのがあまりに残酷で、だからこそ最高に美しくて、大好きになってしまった……。

私は「夢見る明日」が大好きなので、自分を後で喜ばせるためにもどこが好きかってのを書き残しておこうと思う。自分の感想は自分を救うからね。

このシーンは音楽と歌詞と芝居とが全て対比になっていてマジで最高なので、ぜひ曲だけでなく映像含めて観てほしい。脳から取り出せるなら取り出して見せてると思う。

Scene「夢見ること」の話

円盤買ったらシーンリストがついてて助かった。原作のこのシーンはフィガロ・ファウスト側から取って「夢見た世界」、舞台版の曲はリケ・ネロ側のタイトルとして「夢見る明日」、そして舞台版のシーンタイトルは包括して「夢見ること」なの、嬉しすぎる。

シーンとしては、夜、ひとり魔法舎を去ろうとするファウストをフィガロが引き留めるシーン~リケがネロに「明日の楽しみをくれてありがとう、ネロ。」を伝えるシーン。

タイトルこそ「夢見ること」だけど、「夢見ること」に対しての立ち位置が四者四様でくらくらする。ファウストがかつて「明日を夢を見ていた人」、リケが今「明日を夢を見ている人」という線対称の位置にいて、この二人が曲でもサビをソロで歌う。フィガロとネロは夢を見ているその人というわけではなく、サビを歌う人にどうコミュニケーションを取っている(取ってきた)のか、という働きかけの対比になっている印象。一応ネロもフィガロどちらも、リケと(かつての)ファウストが「夢を見る」のを助けている人だとは思うのだけど、このシーンに表れている有り様が全然違くてすごい。

故にシーンの構造が基本的にファウスト・フィガロシーンとリケ・ネロシーンの対比になっていて、演技も立ち位置も歌割りも全てを使って対比にしてこちらを沈痛と最高にしてくださっている。ありがとう……。

そもそも「フィガロがファウストを・ネロがリケを、魔法舎に引き留める」という構図がどうしようもなく相似なので対比からは逃れられない。(なんならさらにその後「晶がファウストを引き留める」も発生するし……)気にかけている人たちが誰かを素早く見抜いて人質に取るようにしてファウストに「呪い」を掛けて引き留めた人と、リケをがんじがらめにしていた「呪い」を解こうと引き留めた人、にも見える。

手の話

手の話をしていいですか? します。

ファウストとフィガロ

①フィガロが子どもをあやすみたいにファウストの頭に触れようとする→ファウストに払われる(多分フィガロも払われるつもりで手を伸ばしている)

②ファウストが「嘘だ」とフィガロに詰め寄り腕を掴む→フィガロがその手を剥がしてファウストの手を包み込み、その場を去る。「おやすみ、ファウスト」

③"空"のまま残されるファウストの手(そしてスクリーンに投影される(恐らく)過去のアレクとファウストの手)

リケとネロ

①二人が揃いのポースを取った後、ネロがリケの頭を小突くように手で触れる

②リケがネロにお礼を伝えるために駆け寄り、ネロの手を包み込み、その場を去る。「ありがとう、ネロ」

③"明日の朝の食材"を手に持った状態で残されるネロの手

……対比の鬼?

この手の動きを追うだけでファウストとフィガロの、そしてリケとネロの間にあったコミュニケーションがそれとなくわかるようになっていて、やるせないとほっこりが同時に襲ってくる。鬼。ファウストとフィガロの手はもう悲しいくらいに触れられなかったり突き放されたりするのにリケとネロはよお……偉いよ……よかったね……。

つ~かフィガロさあ、の話

フィガロっていうか和合さんだけど、「かつてきみ(ファウスト)とアレクが夢見た世界」だから!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

これはミスリード画像ですよ、最初見たとき騙されそうになった(いつも最高の写真をあげてくださってありがとうございます)(手が重なってないのめっちゃ好き)

でもこのシーン、たしかにフィガロの余命告白というショッキングな内容のせいで(おかげで?)、雰囲気に飲まれるとうっすらとフィガロとファウストが同じ夢を見てたみたいな印象を受けてしまう"力"がある。いつぞやの配信でどなたかが「フィガロの歌だ!」「なんだっけ、『かつて俺とアレクが~』ってやつ」と言ってたの、覚えてますからね。(憶えておくから)(やめなさい)

フィガロはこういう印象操作もうまくて、これも「籠絡」のうちだなあ、と思うなどした。

このシーンでフィガロがクリアすべきとした課題は「ファウストを引き留めること」だと思うんですけど、多分フィガロは「(なんやかんや可愛がっているっぽい)東の面々を人質に取る物言いをすれば残ってくれるだろう」という想定でファウストを追い詰めていて。それで十分だったはずなんですよ。「卑怯者」と踵を返したファウストに、(かかった)という顔してたもんね。だから余命のことは蛇足だし正直言わなくて良かったんだと思うんだけど。

でも「もうひとつ、」って言っちゃったんだよねえ。言いたかったんだろうな。なんでだろうねえ。ちゃんと自分で考えて自分で言葉にしてまっすぐ伝えてくださいね。露悪的な振る舞いはせずにね。頑張れ、応援してる。

3章を観劇した当時の私は今よりもフィガロのことが何もわかっていなくて、人を弄んだような態度にひたすら怒っていたのですが、和合さんのフィガロを見て「あれ、この人本当に一応"そういう世界"を目指している気持ちもあるのか?」と思ったのを覚えている。(この類の気付きはカエルでレノックスが言っていましたね)

まあでも、本心の一部ではあるけれど、「かつてきみとアレクが夢見た世界」という言葉の通りにフィガロの内側から生まれたものではないから、多分このシーンでの「夢」カウントはされていない気がする。あくまで「当時のアレクとファウストの夢」であって、フィガロの夢ではないという。だから2部のどこかで「真・夢見る明日」(友人のツイートのパクリ)を歌えるといいね。2部18章10話を読んで思いました。

ファウストとフィガロのコミュニケーションの話。フィガロ、「得意なこと:コミュニケーション」の割に、このシーンはめちゃくちゃ一方的にファウストに攻撃を仕掛けてて全然コミュニケーションじゃない(元々攻撃を意図していると言われればそれまでですが)(いやでもその割に繊細な緊張感があるだろ)。

原作ではそもそもファウストのサビの歌詞に当たるセリフがないので、余計に一方的だったよね。フィガロの言い逃げシーン。きっと400年前「置いてかれた」と感じたファウストを追体験できるシーンなんだろうな。勝手に呼び止めて、いきなり傷つけてきて、引き留めようもなく去っていく。……400年前より悪質だな。後に語られる「天命だと思った」等のフィガロの自覚を思うと、アウトプット間違えすぎだよ、と言いたくなる。

ファウストはファウストで「僕は人の気持ちがわからない。あ~あ、もうやめやめ!」みたいな自棄で過ごしてきたところにフィガロが現れたわけだし、振り払われた手をもう一度伸ばす元気も義理もない。(2部を読んでいると、これがレノックスなら多分もう一回無遠慮に掴んだのではないかな、と思う。でもフィガロはレノックスには余命のことを伝えたくないというか、もう一度腕を掴めないファウストにこそ伝えたかったんだろうからままならないね)

400年前に一度破綻して、それから色々考えたり後悔や怒りを重ねたりしたけど、急に再会してすぐにベストな選択を取れるわけじゃないのがよくわかった。むしろ悪癖が出て再演に近くなるの、笑っちゃうね。悲しいよ。段々このシーンの話してるのかわからなくなってきたからこの辺で切り上げよう。

ネロが良すぎたよ~~

「夢見る明日」、現地で3回観劇して3回とも号泣したんですけど、どこで泣いたかっていうとリケネロパートで。

リケの言葉がめちゃくちゃいいのは元々わかってたんだけど、ネロが……ネロのこころがこんなに見えるシーンなんだ……とびっくりしちゃって、ものすごく強く印象に残っている。このシーンはリケSSRの印象が強かったから、この場にネロがどんな顔して立っているのか、という想像ができていなかった。舞台化って、こういうことなんだよな……。

一番海馬に焼き付いているのは、ネロの諦めと臆病さと気安さのゆらぎの中で、敵意のないおこちゃまのリケに対して気安さが表に出てきた瞬間。頭を小突かれて振り返るリケに、ちょっと眉を上げて目を開いておどけたようににやりと笑うあの、あの表情に、私は号泣してしまって……。

リケの頭を小突いてにやりとするネロのイラスト

オペラグラス新調しといてよかった……。今思い出しても鼻がツンとする。ていうかそう、この人たち、ちゃんとオペラグラスの視界のなかに入るんだよな。距離が近かった。

ネロもコミュニケーションが得意なたちではないというか、苦手ではないんだろうけど性分が素直に得意でいさせてくれない人だと思う。彼がリケからのまっすぐな「ありがとう」と「明日への高鳴り」を戸惑いながら受け取っているのが、良かったなあ……。

しかもそれが、自分が渡したものじゃん。自分が得意だと自負しているものがリケの世界を鮮やかにして、その鮮やかな色をまたネロに手渡すようなそんなふたりのコミュニケーション……。

リケの周りにいた大人たちに憤りつつも、直接罵倒するのではなく「冷たい飯を食わせるような奴」とあくまで自分の土俵の中で話していて。直接罵倒していたらリケも強く反発していたと思うから。リケも「温かい飯」は美味しかったから、(「俺の飯はうまかったろ?」に対して)「……はい」と答えられた。リケが自分の過去を強く否定せずに、今の場所にいたいなと思えたのは、ネロの言葉選びと、何より説得力のある「おいしい飯」のおかげだよ……。

リケがサビを歌っている途中のネロの面食らったような驚いたような顔、涙がでてくる。どれだけびっくりして、どれだけ嬉しかったがびりびりと伝わってきた。リケの言葉や高揚があんまりにも美しくて、それを観客席で観ている私たちの感動とネロの感情が一部同化しており、「そんなん嬉しすぎるじゃんか~」と泣く羽目になった。

歌割り、神。

見て見てめっちゃ綺麗~~!!

舞台『魔法使いの約束』第3章 「夢見る明日」より

間にセリフが挟まったり、そもそも曲の入りがフィガロの余命告白シーンだったりするので印象が散らかるけれど、歌っているパートを見ると「誰が夢を見ている(いた)のか」というのがはっきりわかる。し、前半後半それぞれのふたりの関係性、気持ちの距離感もわかる!!!!!!! そして対比で吐ける!!!!!!! 一番わかりやすい対比はやっぱ歌詞だよねえ。メインはリケの曲だと思いますが、そのための対比がよお~~~~~……。

ミュージックリストが出てこなかった当初は、タイトルを便宜上「夢見た世界、夢見る明日」と考えていたんですが、よくよく聴くとやっぱりリケネロの「夢見る明日」のためにこの曲はあるし、タイトルが全てを表してるね、と思った。

歌割りの前に少しだけお歌の話していいですか? 

前半組がビブラートを掛けて粘度のあるタイプの歌い方をしているのに対して、後半組がも~~~~~素直な歌声してて可愛らしいったらない。ちょっとメタいけど、初々しさというか……緊張感というか……。リケ(新谷さん)の高いとこまで飛んでいきそうなまっすぐな歌声、リケらしくて好きなんだよな……。3章M1もすごく好き。

さて、歌割りの話。

ユニゾンの話

歌詞が2色になっている部分がユニゾンの部分。前半は「平和に暮らす」、後半は「夢見る明日」がユニゾン。書いててつらくなってきたな。

まず、ファウストとフィガロは「夢見た世界」をユニゾンしていない。この「夢見た『世界』」はどこまでもかつてのファウストのものであってフィガロの夢ではないからだと思っている(上述)。ファウストの言葉をフィガロが引き出しただけ。

「平和に暮らす」がユニゾンなのは、単純にフィガロが上の句を詠んでファウストが反射で下の句を継いだ、みたいな感じなのではないか。ファウスト、「人と魔法使いが平和に暮らす国を!」と、いうスローガンで革命軍を従えてたりしたのかな~……と思ったり。

後半組は同じ場所の「おやすみ/おやすみなさい」をハモって歌っており、ふたりじゃないとできないフレーズになっているのを考えると、フィガロがファウストのスローガンをただトレースしているだけ、という印象を受ける。立ち位置もちょうど「平和に暮らす」で上手と下手を入れ替える動きをしており、"すれ違い"じゃん……になる。

一方でリケとネロは、前半でもユニゾンの「おやすみ/おやすみなさい」を越えて「夢見る明日」までユニゾンしている。歌われている「夢見る明日」は間違いなくふたりの間にあるものだから……。そしてそれがタイトルになっとるんじゃ……。最高だね……。

「おやすみ」の話

これもまたわかりやすく対比にしてくださっていて……。もちろん原作段階でも対比なんだろうけど、歌割りのおかげで落差がすごいよ。

ファウストとフィガロの方は「おやすみ」に歌詞はなく、サビ前のフィガロが台詞として言うのみ。一方的で、会話を終わらせるための「おやすみ」。他にも思いがあるだろうけど、それを伝えるわけではない。それ以上の言葉を制するような「おやすみ」だった。もちろんファウストもそれに返さない。そりゃそうよね。

(「歌詞は本音(大意)」という演出付けがある。まほステでそのような意味づけがされているかはわからないけれど、フィガロが「おやすみ」を歌でなくセリフで言うのは、フィガロらしいなと感じた。)

そしてリケとネロのパート。「おやすみ/おやすみなさい」です。Q. E. D.(何の?)

立ち位置は(前半と対照的に)ふたりで重なって揃いのポーズを取る。可愛すぎるし対比よお~~になる。

ここ、ユニゾンというよりハーモニーっていうんでしょうか、同じ音程じゃないないので……。上にも書いたけど、「ふたりでつくるパート」なのがたまらないよね。本当によかった。ネロが高音側なのもたまらん。リケの「おやすみなさい」は寝床に入るおやすみなさいだし、ネロの「おやすみ」はやさしく毛布を掛けてあげるおやすみだよお~~~~涙。

原作でもこちらは「おやすみ、リケ。」「おやすみなさい、ネロ。」とちゃんと「会話」できている。(書いててつらくなってきた) そのあと「夢見る明日」にふたりで続くのも本当に嬉しい。明日の朝ネロが朝ごはんを作って、それがどんな美味しさなんだろう? って想像する「夢」なんだから、ネロがいてはじめて成り立つんだもんね。前半組とちがって、「おやすみ」を置いていくんじゃなくて「ありがとう」を置いていくのも好きだ。

楽器構成の違いがすごく良い

すごくいい……。楽器のことあまりわからないけど、わかる範囲で書きます。

イントロの音程がファウストフィガロパートはリケネロパートのオクターブ下なのも落ち着いてて良い。どっちも好き。

前半の淀んだところのある一度終わった関係性と、後半の新しい世界が開けていく今から始まった関係性の違いが感じられる。書いててつらくなってきたな(2回目)。

トライアングル? はずっといるのがいい。でも前半と後半で雰囲気違って聴こえるのがまたたまらん。

絶対に和音が変わっているんだと思うのですが、残念なことに私は和音のことがなにもわからないのですみません。わかりてえ。長調と短調がわからなくて泣いてたんですが(小学生?)、イ長調で合ってますか? 合ってなかったら教えてください……。ラで終わると落ち着く調。

ファウスト・フィガロパート

イントロ

ぬるっとピアノと弦楽器。余命の話する割に落ち着いてますなあ。弦楽器とユニゾンしてる管楽器ってどなたなんでしょうか? 全体的に優しくて落ち着きのある音色で始まるのがすごくすき。

メロ

ピアノとヴァイオリン属の印象が強い。けどメインはピアノですかね? 1回目の「夢見た世界」ののばしの裏で下から弦楽器がふわ~ってくるのがすごい、ファウストがこの場に入ってきた感覚と合致して好き。2周めはコントラバスが拍頭にピッツをしている。

セリフパート

ピアノとハープ? のアルペジオに弦楽器のロングトーンが寂しさを思わせる。「嘘じゃない」というのが理解できる。ファウストは焦っているけれど音は全然焦っていなくて、フィガロの台本通りなんだな、と感じる。サビに入る前の駆け上がる音が、ファウストの歌が入る直前で途切れてしまうのがなにより悲しい。フィガロはここで舞台から去ってしまうから……。こんなにさみしいピアノの音がありますか?

サビ

ファウストの本領発揮パート。楽器が一度無音になって声で入るの本当にさみしくて好きだ……。合わせて裏のドラムトラックもかなりファウスト曲っぽくなる。時計の秒針みたいなハイハット? の音。歌の最後が下がる。でも主音で終わってなくて(主音はラで合ってますか?)、ファウストの奥底で諦めきれてない感じがする。

リケ・ネロパート

イントロ

急にかわいい。前半のオクターブ上のメロディ。前半では弦楽器が担ってたメロディは管楽器(クラリネットとフルート?)とグロッケンが、ピアノが担ってた和音は弦楽器がピチカートで。グロッケン、かわいい。

前半はコントラバス以外の弦楽の皆さんは弓で弾いてたと思う。ピチカート、本当にかわいくて好き。跳ねる陽気と少し籠もったあたたかい音色が。さみしげで横の流れが強かった演奏からかわいらしいスタッカートの効いた演奏に変わるのがね~~めっちゃ好き!!

リケがネロに問いかけるあたりからの8分音符ののスタッカートには硬質な音も混ざっていて、リケのどきどきが伝わってきてちょっとだけこっちも緊張するんだ。でも「明日の朝はパンプディングだ」から音がみるみる解けて歌に移るの本当に最高ですよね。ストリングスの掛け合いがふたりの会話のようで。物理距離もぐっと縮まる。「そうだろ?」のあとの音はもうどきどきじゃなくてわくわくだなあ~と感じる。

メロ

コントラバスの拍頭のピチカート、マジで良い……。ふたりの後ろで弾きたいもんな(弾けない)。西曲とかでもコントラバスのピチカートは聴けますが、オシャレというより布団をとんとんしてくれる手のようで落ち着く。ロングトーンのストリングスもよいよねえ。

ドラムトラックにやさしいスネアがいる? ハットかも ちょっと明るいというか、そわそわしている印象。あと裏拍で鳴っているアコーディオンの音色が可愛い。

1回目の「夢見る明日」の裏のかわいい音たち、ファウストの「夢見た世界」の裏の重い低音ストリングスと対比になっててすげえ~。

「おやすみ/おやすみなさい 夢見る明日」の後のウィンドチャイム、魔法の加護じゃん!!!!!!!!!!!! てなる。祈りがありすぎる。

セリフパート

イントロフレーズの再現。これがあるからやっぱこっちが本編なんだなと感じさせられる。「夢見る明日」のメロディをもう一度やってからサビに入るんすよ後半は……。

スタッカートはあるけれど、イントロセリフ裏よりもやわらかな音。これはリケの心がイントロよりほぐれているからだろうなあ。クラリネット(?)のハミングみたいなゆるやかな音色も優しくてすごく好きだ。子守唄みたいで胸がぎゅっとなる。

ピアノとグロッケンが目を合わせて掛け合っているのが見えるような音。寄り添ってくれる弦楽のピチカート。どれも聴いているこちらまで嬉しくなるような音色で。イントロと音が変わっているのはわかったけど、それがどういう効果を生んでるのはわからない……。イントロの方が緊張感があった印象だよね。

サビに入る前はリケの美しくも少し高揚した言葉の盛り上がりを支えるように、下から上へ、なめらかに心を運んでくれる。この音の! 対比!!!! 最高音のままサビに突入する。前半ではサビ前で完全に糸が切れていたからね……。

サビ

世界が広がったときの音がするよお~~涙 前半と違ってサビ前から繋がるストリングスのロングトーンが美しい。リケのメロディが上がると弦も上がる。くるくると踊っているようで、嬉しくなる。

スネアのロール~~~~~~!!!!! 前半のドラムとテンションが全然違う。わくわくだよ。「おやすみ」なのに音はすごくわくわくしていて、リケが明日の朝ごはんを思い浮かべているのがわかる。

歌の最後の音が上がる。これもラで終わってないから続く感じがすごくする。のびのびと育ってくれえ~~涙

アウトロ

わくわくが落ち着いた音がする。テーマのメロディが半分だけになっていて、うとうとしているような印象。眠りにつく前のゆっくりとした呼吸のようにも聴こえる。

最後のウィンドチャイムは、眠ったのを確認して額を撫ぜる姿が視えて涙が出そうになる。閉じる戸とともに細くなる灯りが見える。最後の和音も「終わり」って感じじゃなくて、楽しい夢を見ている感じがする。本当に情景が浮かぶ音がいっぱいある曲だ……。

あと、楽器じゃないんですが、私は6/8拍子がとにかく好きで……。スキマスイッチの「雫」とか、RADWIMPSの「大丈夫」とか、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの「腰越クライベイビー」とか、米津玄師の「Pale Blue」の最後のところとか、6/8拍子だと無条件降伏するくらい好き。理由はわからない。「夢見る明日」めっちゃいい…………ってなってしばらく経った頃に、「そういやこの曲6/8拍子じゃん」と気付いた。ゆったりとした2拍子のリズムだから、うっすらと「ゆりかご」のような印象を持っている。それが「夢」感と連動してるのかな。

南祝祭のBGM版もめちゃめちゃ良かったよね

祝祭Part1 南祝祭パートの話。

散々公演感想の方でも書きましたが、こちらでも改めて。晶が出立前夜に寝付けなくて談話室でフィガロと語り合うシーンでBGMとして「夢見る明日」が使われていました。幕間で流れたときは「『夢見る明日』はフィガロの曲じゃねえ~~!!!!」とキレてたけどあそこはまあ、「夢見る明日」だよな……。

ちょっともう記憶の中にしかないので音はあまり思い出せないのですが、ここはフィガロのシーンなのでフィガロに合わせたアレンジだったのではないかなあと考えている。今のところは。今後同じアレンジで再登場したりアレンジ替えが出てきたらより旨味が増すので楽しみだな。

イントロを繰り返している感じのアレンジだったんですが、原曲(ファウストフィガロパート)は和音がピアノでメロディが弦楽器(と木管楽器)だったのが、BGM版では和音がフォークギターでメロディがヴィオラ? (ヴァイオリンの音域より低いと思う)だった。(途中からピアノも加わる)ギターて!!!!!!!!!!!!!!!! あなたそれは南の代名詞よ。もしかしたらフィガロアレンジというよりは南祝祭アレンジなのかな!? どっち!?

ということでBGM版「夢見る明日」は南アレンジなわけだけど、ヴァイオリン(実際に使われてるのは多分ヴィオラ)といえば南曲でお世話になっているアイリッシュ音楽でも「フィドル」としてよく使われている。でもアイリッシュ音楽のフィドルって「大地の行方」を聴くとわかるように(聴けない)、よく使われる「ヴァイオリン」と全然弾き方が違う。今回使われているのは完全に「ヴァイオリン」としての立ち位置で、その差異がたまらなく好き。南の楽器を使って、南じゃないルーツの奏法を使っている。なんだかフィガロみたいだなあと。

いやしかし、ヴィオラとギターのデュオってあんまり聞かない組み合わせだ。ギターがクラシックギターならともかく、普通にフォークギターだったと思うし……(配信来たら聴き直します)。ピアノが入ってくるのでヴァイオリン属の音がいることに違和感があるようなことはなかったんだけど、編成としては特殊な気がする。ギターて。ギターとのデュオと言えばマンドリン属でしょ!(個人の意見)と思ってるんですが(マンドリンはアイリッシュ音楽でも編成されるし)、まあ、このシーンにマンドリンはないわな……とも思う。低音弦使えばさみしさも出るけど、聞き慣れない音って気が散るし。あまり見ない組み合わせだから余計に、このヴァイオリン属の楽器さんって「フィガロ」なんじゃないかなあ~とか思っちゃうね。

最後に

今後「夢見る明日」のリプライズが来るかもしれない未来があるのが恐怖(歓喜)すぎる。リプライズってまほステの醍醐味だしさ……。オリジナルを歌ってる人たちかどうか関係なく「夢見る明日」なときにリプライズしてほしい気持ちもあるし、オリジナルメンバーが歌ってほしい気持ちもある。私はまほステを信頼しているのでなんでもいいです。2部のフィガロ(未来)に「真・夢見る明日」を歌ってほしくもあるしね!  1.5部のネロとシアンでリプライズしてほしい、というツイートを見かけてこれもかなり本命で楽しみにしている。

あと「夢見る明日」大好きな方にはぜひ円盤のバクステ映像を観ていただきたい。初日公演のときに廊下で矢田さんに「夢見る明日」の最終レクチャーしてもらってる坪倉さんと新谷さんが観られるから…………………………………………。中村さんも隣にいるよ。(和合さんはいないよ)(いないのが正しい)やっぱこう、後半パートって、楽譜指示そうなんだ…………! っていう。最高の曲だよ。

ツイートを見かけただけの情報で申し訳ないのだけど、坪倉さんが上映会で、6/8拍子を掴むのが大変(大意)とおっしゃっていたようで。聴いてると確かに少し大変そうかなという気もするけれど(バクステとか当時の配信とか)、もはやそれすら好きなんだよな……リケネロパートの初々しさがたまらない。色々書き込んだ(であろう)楽譜スキャンして売ってほしいんだよねほんと。矢田先生にギリギリまでアドバイスもらってるふたり、良すぎるので是非に。

あと円盤は全景があるので最高です。「夢見ること」も最高だけどM1の全景がマジで大好き。是非に。

@quale
私のクオリア