「ずっと眺めていて飽きないか?」
隣にいる佑が尋ねてきて、セナは顔を上げて首を振った。
「飽きない。本当に可愛いから」
そうか、と佑が苦笑した。
日も高くなり、少し休憩しようと小川のほとりに並んで座ってから、セナは首にかけてもらった小箱を両手にとり、花や鳥が彫られた模様をずっと見つめていたのだった。
今日はこの季節にしては陽が豊かで、腰を下ろしてじっとしていても体がまったく冷えない。
セナはふと思いつき、再び佑を見た。
「わたしはあなたに何か贈らなくていいのか」
「え?」
かちあった目を佑は少し見開いた。
「贈り物をするのは夫からだけだ。きみは何もしなくていい」
「でも、何かお返しをしたほうがいいんじゃ……」
「命を救ってもらって、妻になるためについてきてくれて、これ以上きみからもらうものなんてないよ」
佑は心からそう言っているようだったが、セナは納得できなかった。何でも買ってやると言われたのにこの箱にこだわった自分に対し、佑は呆れるでもなく一晩で箱を贈り物らしくしてくれた。手間ひまかけてくれたことに何か礼がしたい。
それに、自分はこれを肌身離さず身につけ、ずっと眺めていられるのに、佑のほうには夫婦の証が何もないのだ。
「何かほしいもの……必要なものでもいい。何かないのか」
そう言いながらも、今のセナは佑に差し出せるものは何ひとつ持っていなかった。暮らしていた小屋から持ち出したのは自分の身のまわりのものだけで、それも最低限の量だ。
佑が箱に模様を彫ってくれたように、例えば佑の着ているものに刺繍を入れようと思っても、そのための針と糸をセナには準備できない。
「何もないよ」
「ほしいものじゃなくて、してほしいことでもいい。わたしにできることならなんでも言って」
熱心にセナが言うと、佑は真顔になってセナの目を見つめた。そのまましばらく沈黙が続いたので、セナは胸の音が高くなっていくのを必死で抑えた。
「――じゃあ、思いついたら言うから。ありがとう」
セナが耐えきれなくなる前に、佑のほうから目線を外した。まだ真顔のままで、頬が心なしか赤くなっている。
何かおかしなことを言ったかとセナは不安になったが、ありがとうと言ってくれた声が優しかったので、素直に引き下がって再び手の中の箱を見た。