王妃の話20《完》

木津川結
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 あの人はわたしを見つめた。黙って、何秒間か。

 そして微笑んだ。あの人はめったに笑わない人だと思われていたけれど、二人でよく話す者にとってはそうでもなかったの。近くでよく見ないとわからないくらいの変化だったけど、それなりに笑みを浮かべることもある人だったのよ。

「それなら、きみが覚えていてくれ、エリザベス」

 あの人は微笑んだまま言った。

「わたしがきみの父をとても愛していたこと、この国のために働こうとしていたことを、他の皆が忘れてしまっても、きみだけは覚えていてくれ」

「もちろん覚えているわ。でも、みんなにも知ってほしい」

「きみがそう言ってくれるだけでわたしは救われる。他の者たちにどんなに悪く言われようと、きみがわかってくれていればそれだけで充分だ。ありがとう、エリザベス」

 狡い人だった。わたしの気持ちを知りもしないでそんなことを言い遺すなんて。

 それから間もなくボズワースの決戦が行われ、あの人が王位からも地上からも去ったのは、あなたも知ってのとおりよ。

 これでわたしの話は終わり。あなたの期待した話だったかしら、それとも思っていたのと違ったかしら。

 ねえ、あなたはどうしてわたしのところに来たの? 最初にも言ったけれど、あの人のことを聞きたいと言いに来る者は、近ごろはほとんどいなくなっていたのに。

 どうして今になって、それも、わたしが寝ついている時にやってきたの?

 ああ、だからこそかしらね。わたしがこのままあの人のところへ行ってしまったら、あの人のことをつまびらかに話せる者は、この国にほとんどいなくなってしまうから。

 ごまかさなくていいのよ。わたしはもうすぐ召されるでしょう。先に行った娘と一緒だから寂しくはないのよ。あちらには、わたしを待ってくれている人が大勢いるでしょうし。

 それにしても、よくこの部屋に入ってこられたわね。仮にも王妃の寝室にして病室に。見張りの者や侍女たちは何をしていたのかしら。夫も、義母も、子どもたちもいない時に来るなんて、あなたはよほど上手く機会を狙ったのね。

 あなたは誰なの? ああ、答えなくていいわ。申し訳ないけれど、名前を聞いても覚えていられそうにないから。もうあなたの顔をこの目で見ることもできないし。

 誰だか知らないけれど、わたしの話を覚えておいてね。

 そして、あの人のことを聞かれたら、こう答えて。

 あの人は酷い王だった。この上なく残虐な人だった。

 あの人があんなことを言い遺したせいで、わたしの残りの人生は地獄だった。

 わかってもらえるかしら、あの人の本当のことを知りながら、彼が弟たちを殺したという話に耳を貸すということ、あの人を戦場で亡き者にした男を夫にして、邪悪な叔父から救われて幸せだという顔をし続けること、それがどういうことなのか。

 少しでも同情してくれるなら、どうか覚えておいて。

 わたしがあの人を、とても愛していたということを。

@quitecontrary
小説の下書きのようなもの lit.link/kizugawayui