「余計なお世話かもしれないけど」と言って始まる会話に心当たりがあるだろうか。もし、クッション言葉なるものだと信じて使っているひとがいるならば、それ、何の意味もないですよ、と言いたい。その言葉を使って続ける意見は、「余計なお世話」から逸脱することができない。言っても良い意見のはずなのに、言う意味のない意見になってしまう。矛盾なのだ。親切心の表れかもしれないが、「余計なお世話かも」とつけるくらいならば言わないでほしい。意見だけをぶつけてくれればそれで良い。それを受け入れるかどうかはわたしが決めるが、「余計なお世話」というレッテルを貼られた意見はそもそも土俵に上げたくない。ああ、もういやだ。久しぶりに怒ってしまった。こんな話で総ルビを試すはずではなかったのに。こんなクソな枕詞が世に蔓延っている事実に、おれは黙って耐えることができない。その後に続く会話も最悪だった。枕詞がなくとも最悪なのに、さらに悪を煮詰めてどうする。もう知らん。まるで何事もなかったかのように、そんな存在とも世間話ができるくらいのなけなしの社会性はある。それにまた腹が立つ。ここ最近、別件で不慣れなことを進めているせいでますます情緒不安定だ。そっちはそっちでおれがクソになりつつあるのだが、必要な壁だと考えている。面白いことの裏にはたくさんの努力と苦しみがあるのだとしみじみ感じ始めている。いつか楽しい報告ができたら良いと思う。(なお何事もなかったかのように締める技術力はない)