あんまり読んでて気が良くなることじゃないものを書こうと思っているから、そういうのが嫌だな〜って人は、読まないことをおすすめします。あと、人の感情に影響を受けやすい人も、読んじゃだめ。
というか、人に読まれてほしくないことを書こうと思ってる、いま。
Twitterにも共有しないし、どこにも出さず、でもみんなには公開する、そんな書き散らし。
だからこれを読んでる人は、わざわざ私のホームに飛んできて、このページを開いた人。
私に興味を持ってくれてるってことだね、うれしい。
だけど、最初に言った通り、私のそういうところを見たくない人とか、感情に引っ張られやすい人は読んじゃだめだからね。今すぐブラバして。
(いるかどうかわからないけれど、)読み進めてくれてる人たちへ、物好きだね。
これを書いてる今日(2024-05-17)、今の店で働き始めてから初めて当欠をしました。何かあったわけでもなくて、本当、「今日だめかも」という理由だけで。(現在18:36でまだ返信はないけれど。)
昔からそうなんだけど、「なんとなく」の理由で休むことが多すぎる。
高校の時も、専門学生してた時も、昼職してた時も。
その度に「だめな人間だなぁ」ってなる。
幾つになっても社不仕草がやめられない。
社会不適合者であることに(自分は)何の咎めもないし、(恐らく)当事者である私は自分のそれを表に出さないようにしようと思っていた。けど、結局こういう場面で出てきてしまうのなら何度やっても無理なのでは?と思ってしまうよ。
当たり前だけど、私の周りにいる人たちはみんな私より出来ている人たちばかりだと思っている。(これは希望的観測に過ぎないかも。表で見えてるものと裏で見えてるものは違うからね。私の知ってる君と、裏の君は違うかもしれないし。)
そもそも他人と比べるなんて愚かしい。人間はみんな違う人間。という論が(自分の中で)存在している。でもそうやって言うのは簡単で、結局は自分がその呪いに侵されている限り、自分は自分を一生誰かと比べながら生きなきゃいけないのかな〜なんて思ったりしている。
ふふ、みんなは私より出来の良い、すごい人たちだよ。自信もってね。
(希死念慮みたいな、そういうことをここで書いたら大丈夫なのかはわからないから、ちょっと怖い範囲なんだけど、これから書くことはちょっとそういう感じに近い?ものを書きます。)
希死念慮:思考あるいは観念として散発的に出現する場合を指すことが通例であり、「消えてなくなりたい」、「楽になりたい」などが希死念慮の具体的な表現型です。
自殺念慮と似ていますが、少し違います。
こういうことを表立って言うと、必要以上に心配されたり煙たがられたりするから、ここ2、3年はあんまり表に出していない(つもり)。
(心配するのが良くない、というわけじゃなくて、必要以上に心配されるのが申し訳なくなるって気持ち。普通の感情(普通ではないと思うけれど)を吐露しているつもりなので、腫れ物に触るみたいな扱いをされるのはちょっと嫌だ。)
こいつとの付き合い方もなんとなく結論は出せている。
結論が出せていても、それを実行できるかはまた別の話だけど。
普通に生きている人は希死念慮の1つや2つ抱いたことがない、なんて言説を聞く度「マジ?」ってなるんだけど、全然それって有り得る可能性なのかもしれない。
そういう人たちと、そうじゃない人たちの思考はどこで分岐したんだろうねぇ。
ここ2年3年でそれを出さなくなったっていうのも、ヨシヨシしてもらうのが申し訳ないって思うのと煙たがられて嫌われるくらいならそういう思考を出さずにいた方がいいっていう、超保身的思想だよ。
いまの人間関係に何も後悔はしてないけど、関わる人が昔に比べて増えたから「せめて嫌われないように」を続けていたらみんなの前で言えなくなっちゃった。
何が悪いとか、そういうものは一切ないよ。わざわざ言うことでもないかな〜って思ったけど、言わないと気が済まないから。
それはそれとしてまだ返信来ないんだけど(現在19:43)、もう残された可能性がLINEブロック、しかない気がしている。
すみません、当日欠勤をした挙句その連絡を開店1時間前にする人間で。すみません、生きてて。
先週面接したところもLINE来ないし落ちたな〜と思っている。しにたくなってきた。
何も上手くいかない人生。
苦しい。