奥様(あえて敬称)

池田大輝
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公開:2025/12/28

『すべてがFになる』などで知られる小説家の森博嗣先生は、ことあるごとに奥様であられるささきすばる氏に言及されており、その際、「奥様(あえて敬称)」という表記をされることが多い。なんでも、過去に迷惑をかけたから、敬意を込めてそのように書いているのだとか。

「奥様」という呼び方は、現代的なジェンダー観に照らすと、やや古い。女性は家の奥へ、という含みがあると思われる。森先生は、このあたりは充分承知のうえで、あえてそのように書いているらしい。現代的には「妻」が最もニュートラルだろう。「パートナー」とか「連れ合い」とか「相方」というのも聞く。最後だけは少しニュアンスが違う気もするけれど。

少々やっかいなのは、こうした現代的な呼称は、いずれも敬意を込めにくいことだ。「奥様」あるいは「奥さん」は、他人の妻を指す指示語として今でも一般的に使われている。「妻さん」「お連れ合い」という言い方もあるけれど、使われている場面はあまり見かけない。「妻さん」は、たしかにちょっと変な感じがするし、「お連れ合い」も、意味が通じなかったら、と少し不安になる。

もしも結婚したとして、パートナーのことをどう呼べば良いのか。敬意を込めたい気持ちはよくわかる。けれど、適切な言葉があまりない。さしあたり、いちばん良さそうなのは、愛称だろう。ニックネームとも言う。去年リリースしたゲーム『C.V.』には、五月山さつきと真野ユイというキャラが登場し、愛称はそれぞれ「ツッキー」「ゆいっぺ」である。たとえば、そんな感じ。二人称で、つまり話している相手を名前で呼ぶのが苦手なのもあると思う。人の名前を呼ぶのが苦手なのだ。愛称のほうが、ずっと呼びやすい。

名前を自然に呼び合えるかどうかは、結婚相手を見極めるうえで、案外、重要なことかもしれない。自然に呼び合えるということは、自然に尊敬し合えるということだ。まだ結婚したことはないけれど、森先生のエッセィや、仲睦まじい友人夫婦を見ていると、そのように思えてならない。

@radish2951
恋愛ゲーム作家。毎日21時頃にエッセィを更新しています。恋愛ゲーム『さくらいろテトラプリズム』をよろしくお願いします。 daiki.pink