アニメキャラやアイドルなどに本気で恋することをガチ恋と呼ぶらしい。リアコ(リアルに恋)という言葉もあるようだけれど、最近はあまり聞かない。ガチ恋があるのなら、ガチではない恋もあるのだろうか? ガチ恋という言葉は、アニメキャラやアイドル以外にはあまり使われないようだ。つまり、報われないとわかっている恋をガチ恋と呼んでいるに等しい。
世の中には結婚している人がたくさんいる。結婚するくらいなのだから、お互いにガチ恋だった時期があるはずだ。しかし、少なくとも傍から見る限りはとてもそのようには見えない。成熟した恋愛関係は、もっと淡々とした、味気ないものに見える。一方で、たまに友人夫婦に会ったりすると、表面的には冷静でも、ふとしたやりとりの中にたいへん仲睦まじいコミュニケーションが観察されることがある。要するに、ラブラブなのである。
ガチではない恋というものが存在するのだろうか? 恋と呼ぶには早すぎる感情ならあるいは該当するだろうか? 正直、よくわからない。アイドルに恋する気持ちと、パートナーを愛する気持ちは、たぶん違うものだと思うけれど、では何が違うのだろうか? 一方的であること? それは、どの恋だって最初はそうだろう。どちらかが勇気を出して、相手を傷つけたからこそ、すべての恋は成立している。アイドルに恋してはいけないのなら、隣の席のクラスメイトにも恋してはいけないのだ。
映画『容疑者Xの献身』で、物理学者の湯川先生は「愛などというものは科学的ではない」と切り捨てる。これは、その通りだと思う。誰を好きになるのか、好きになったらどうすれば良いのか。そういったことに科学は答えることができない。せいぜい、相手を思いやるといった一般論が限界であり、それ以上は、きわめて個人的で個別的な、狭い世界の話になる。アイドルに恋しても成就することはないというのは、統計的におよそ確からしい主張であり、それは宝くじの期待値がマイナスであるというのとほとんど同じ意味である。宝くじが当たる確率はゼロではない。それでも、宝くじは買うな、というのが科学的に導かれる帰結である。
ガチ恋だろうとそうでなかろうと、恋することは幸せなことだと思う。恋は、どれだけ努力しても、才能があったとしても、自分でコントロールすることができない。誰かを好きになるということは、自分ではどうしようもないことだ。努力しても、才能があっても、それだけでは幸せになることはできない。ふとした偶然に出会って初めて、人は幸せになることができる。ガチ恋は、それが本当に本気の恋である限り、最後にはハッピーエンドが待っているだろう。