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ガードが堅いのはお互い様

池田大輝
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公開:2026/8/22

自分は恐ろしくガードの堅い人間なのだと、いい加減認めざるを得ないようだ。正直なところ、ガードが堅いとは全く思わない。他人に対してはオープンでありたいと思うし、人と会うのも、話すのも嫌いじゃない。それでも、言いようのない近寄りがたさ、これ以上近づくなというオーラを発していることは間違いないらしく、こればかりはどうしようもないものである。創作の仲間は常に募集している。もちろん、誰でも良いわけではないし、わいわい盛り上がりたいのでもない。このような姿勢が、ある意味では、すでにガードが堅いと判定されかねないのだと想像する。言い換えれば、興味が持てない人間は、最初から視界に入っていないのかもしれない。

なんて書くと、いかにも冷たく感じられるかもしれないけれど、それは普通のことではないか。すべての人に対して常にオープンであることは、市役所などを想像してもらえればわかるように、それだけでコストがかかる。人生で関わることのできる人間は自ずと限られていて、それは親切心だとか、思いやりでなんとかなる話ではない。体力お化けと呼ばれるような人間なら、あるいは、いろんな人のところへ行って、手を差し伸べたりするのかもしれない。あいにく、私はタフな人間ではないので、どうしても限界はある。

学生時代は今よりもたくさんの人に会い、コネクションをつくることに必死だった。業界の人に会いに行ったり、営業活動みたいなこともした。今ほど捻くれてはおらず、良く言えば純粋だった。けれど、それで得られたものが、果たしていくつあっただろうか。はっきり言って、ほぼゼロだ。若さゆえの尖りや粗削りさを差し引いたとしても、失敗だったと言わざるを得ない。そういうことに疲れたので、大学を卒業してからは、個人ないしはごく少人数でひっそりと創作を続けている。居心地は今のほうが遥かに良い。背負うべきものを背負うために、それ以外を諦めたのだ。

なお、恋愛に関しても同様の傾向がある。学生時代は、恋人がいなかった期間のほうが短かったが、最近はすっかり逆である。恋愛関係が生まれるような場に出向く機会がそもそもない。敵の陣地に接近しないことは、最大級の防御といえる。戦わなければ、勝つことも負けることもない。負け惜しみに聞こえるかもしれないけれど、別に勝ちたいと思っていない。人間関係を勝ち負けで判定するような環境に身を置きたくないというだけの話。マッチングアプリの類をやらないのもこれが理由。それはそうと、このように振り返ってみると、ガードが堅そうに見える人は、実は繊細で傷つきやすい内面を守りたいだけなのかもしれない。特に深い意味はありません。

@radish2951
恋愛ゲームをつくっています。毎日21時頃にエッセィを更新しています。恋愛ゲーム『さくらいろテトラプリズム』をよろしくお願いします。 daiki.pink