琵琶湖より愛をこめて

池田大輝
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公開:2025/10/31

いま、琵琶湖のほとりにいる。電車が止まるほどのひどい雨のせいで、湖のむこうは霞んで見えない。晴れていても見えないのか、雨のせいで見えないのかは晴れてみないとわからない。少なくとも、ここからは、琵琶湖は海と区別がつかない。

心に靄がかかっている、という表現は、一般的にはネガティブな意味で使われる。でも、空と水の境界が消えた琵琶湖を見ると、靄がかかっていることは必ずしも悪くないように思う。靄がかかっているおかげで、湖は海になれる。海は、水平線が見えるから海なのではない。対岸が見えないから海なのだ。見えるものは雄弁に語り、見えないものは沈黙する。心に靄がかかっていて、将来が不安で、寂しくて、悲しくて、消えてしまいたくなる夜があるだろう。すべてを見通すことはできない。それは幻想に過ぎない。靄のかかった景色を「幻想的」と言うけれど、逆だ。靄のかかった状態が自然であり、現実であって、遠くまで見通せる状態が不自然であり、幻想なのだ。愛する人の気持ちがわからないのは自然なことだ。わからないからこそ、愛することができる。これを読んでいるあなたが誰なのか、私は知らない。あるいは、大切だと思うあの人のことも、私はまだよくわからない。けれど、というか、だからこそ、愛を伝えることができる。靄のむこうを見てみたい気持ちは、ほとんど愛に等しいのだ。あなたのことをもっと知りたい。それが、永遠に続く水面の果てにあるとしても。

@radish2951
恋愛ゲーム作家。毎日21時頃にエッセィを更新しています。恋愛ゲーム『さくらいろテトラプリズム』をよろしくお願いします。 daiki.pink