正確には「売れる必要がある」。私が抱いている野望は壮大であり、そのためにもまずは売れなければならない。
無名だとできることが限られる。いや、ものすごく行動力や営業力のある人なら、有名だろうが無名だろうが構わずアタックするのだろうけれど、あいにく私にそのようなアグレッシブさはない。こうしてしずかにエッセィを書くくらいしかできない。だから、まずは売れて、知名度にあやかって、お金や仲間を集めようという魂胆である。
では、どうやって売れるのかという話であるが、これは私にもわからない。高校生の頃、『黒板戦争』というストップモーションアニメをつくったところ、ネットでバズり、テレビにもたくさん出た。未だにその話をされるのだけれど、正直、テレビに出ることにそこまでインパクトがあったとは思えない。
当時は若かったし、今みたいにYouTubeやSNSが全盛になる前だった。テレビに出る=すごい、みたいな風潮はかなり強かった。でも、別にレギュラーの番組を持たせてもらったわけではない。なんか珍しい学生がいるから呼んでみよう、と思われたに過ぎない。つまり、一発屋である。
テレビの外側にいる一般人にとっては、たとえ一発屋だろうとテレビに出られるだけでもありがたい。人に自慢できる。あの芸能人に会ったよ、と言える。でも、それくらいだ。報酬がもらえるわけでもないし、仕事を紹介されるわけでもない。お茶の間を賑やかす手頃なネタに適していたに過ぎない。
実際、テレビなどのメディア関係でお会いした方で、今も交流が続いている人は一人もいない。これに関しては、私の力不足も大いにあると思う。せっかく業界関係者と知り合ったのだから、素人だからと及び腰にならず、もっと攻めるべきだった。というか、それなりに攻めた。攻めた結果、無理が生じたり、これは違うなと思うことがあり、次第に攻めなくなったのだ。
テレビで活躍するような有名人になることは、どう足掻いても私にはできないと思う。テレビはお茶の間のためのものである。もうすっかり見なくなった。SNSでインフルエンサーになるのも無理だろう。大勢の共感を呼ぶおもしろポストも私にはできる気がしない。
では、どうすれば良いのか。ひとついえるとすれば、世界はものすごく広いということ。テレビに毎日出るような芸能人だって、世界規模では知っている人はほとんどいない。日本という島国の、テレビという狭い業界の中で多少、名が売れているに過ぎない。きっと、テレビに出ている芸能人もそれは感じているのではないか。昔みたいに誰もがテレビを見る時代じゃない。よほど濃いキャラじゃない限り、街中で声をかけられることもないだろう。ちなみに、カズレーザーさんはサンミュージックの事務所の前でお見かけしたことがある。一目でカズレーザーさんだとわかった。声はかけなかったけれど。
テレビに出ている芸能人でさえ、狭い世界の住人なのだ。いわんや、である。世界は広い。ゆえに世界は狭いのだ。テレビもネットも、世界の広さをこれ見よがしに見せつける。知る必要のないことを押し付けられる。ノイズだらけの情報に溺れさせられる。でも、私たちが生きている世界は本当はもっと狭い。日々、会う人なんて、両手で数えるくらいしかいないはず。
ここ「しずかなインターネット」も、ある意味では小さな世界といえる。読んでくださっているあなたはこの世界の住人だ。私は統治者ではない。なんの意味もない文章を、ある日は冷たい雨のように、ある日は暖かい春の日差しのように、ここにそっと置くだけだ。世界なんて、本当はそれくらいのものでしかない。
世界の小ささを知ることが、売れるための条件かもしれない。でなければ、世界は無限に膨張してしまう。無限に広い世界では、私たちはひとしく無力だ。小さい世界で、愛すべき隣人を愛することが大切なのだと思う。世界の中ではちっぽけだけれど、あなたの前では私でいられる。小さい世界で生きるからこそ、大きな宇宙を描けるのだ。