実家の寝室のベッドのすぐそばに一枚の絵が飾られている。夜の遊園地の全体を俯瞰したような絵で、どことなくもやがかかったような、幻想的な雰囲気がある。小さい頃からこれが飾られていた。
昔はこの絵が怖かった。別に、怖い絵ではないし、むしろ、子供向けのほのぼのとした絵である。でも、なんとなく絵の世界に吸い込まれそうな感じがして、実際に、この絵の遊園地は何度も夢に出た。
夢に出た、というのは正確には少し違う。この絵が夢そのものだったと言ったほうが正しい。絵を眺めるだけで夢のような心地がして、現実と夢の境界が曖昧になった。それがどこか恐ろしくて、この絵はある種のトラウマとして記憶の奥底に根付いている。
この絵を久しく見ていない。トラウマの中の記憶で語ったから、もしかしたら全然違うかもしれない。もうこの絵は棄てられたかもしれない。もしなくなっていたら、この記憶が正しかったかどうかを確かめることができない。実は絵など最初から存在しておらず、ぜんぶ夢だったのかもしれない。ならば、この世界も、この文章も、池田大輝という人間も夢で、ファンタジーで、それはあなたがこの文章を読んでしまったがゆえに確定した事実で、私はついに夢の世界に閉じ込められてしまった、ということ。
目が覚めた?
じゃあ、バイバイ。