「って言われても、困るよね」
「うーん」
「否定しないんだね。ありがとう、好き」
「ありがとう」
「ありがとうはあたしのセリフ。奪わないで。殺すぞ」
「ごめん」
「はあ。好き。死にた」
「死なないでよ」
「死ぬなんて言ってない。死にたいって言っただけ」
「同じでしょ」
「違うよ。殺す」
「僕のほうが先に死にそうだけど」
「なにそれ。うける。うざ。好き」
「好きなの? 嫌いなの? どっち?」
「それはだるい。今ので嫌いになった」
「そりゃどうも」
「ねえ、なんか調子に乗ってない?」
「乗ってる」
「は、死ね」
「じゃあ殺せば」
「お、言ったな?」
「うん」
「死ね」
そう言って、彼女は僕を突き倒し、馬乗りになって僕の首を絞める。
「うぐ……」
「どう? 死にそう?」
「うーん……あんまり」
「うざ。これでどう?」
「うう……気持ちいい」
「うわっ、キモ」
「ありがとう」
「ねえ、もしあたしが本当に殺したらどうする?」
「殺されたらどうしようもないね」
「そういうのいいから」
「うーん…そっか、って感じ」
「どういう意味?」
「別に。特にない」
「あたしに殺されてよかったって思う?」
「まあ、ちょっとは」
「ちょっとだけ?」
「多少は」
「他の女に殺されるのとどっちがいい?」
「相手による」
「は? じゃあ誰ならいいの?」
「うーん……そう言われると難しいな」
「じゃああたしに殺されるのが一番うれしいってこと?」
「そういうことにしておこうか」
「なにそれ。きしょ」
彼女は手に力を込める。
と言っても、本当にマッサージくらいの力だ。
手がぷるぷる震えているのも相まって……
震えている?
なんで?
と、思ったその時、
彼女は僕の左頬を思いっきり殴った。
グーで。
一瞬、意識が飛んだ。
そして、意識が飛んだ一瞬のうちに、彼女はどこかへ消えた。
一瞬だと思っていた時間が一瞬ではなかったのだとしたら——
僕は怖くなり、少しざらついたキッチンの床を撫でる。
彼女の足が接していたであろう部分は少し生温かい。
オレンジ色の照明がやけに眩しい。
さっきまで彼女の顔で影になっていた。
彼女は僕を守っていてくれた。
いや、守ろうとしてくれた。
僕はそれに気づけなかったのだ。
僕は彼女を殺した。
僕が彼女を殺した。
天井の灯りは玉ねぎみたいに僕の目を刺す。
彼女がアイスを買って来るまで、僕は目を開けたまま泣いていた。
仰向けで泣いている僕を見て、彼女は満足げに笑った。