直感とは不思議なもので、多くの場合、正しい。論理的に考えるとおかしいはずなのに、そうとしか考えられなくなる。これは、人間の脳がきわめて複雑な情報処理を、ほとんど無意識のうちにおこなっているからだと思われる。本能と言い換えても良い。敵の気配を察知する能力が、人間には生まれながらにして備わっている。危険から逃げるための安全装置が、デフォルトで埋め込まれている。
つまり、直感とは、それなりに論理的な思考の帰結であるといえる。ほとんどスピリチュアルな、オカルトめいた話に聞こえるかもしれないけれど、そうとも限らない。ラーメンとお寿司を前にして、直感的にラーメンを選んだのだとしたら、ラーメンを選ぶことにはなんらかの合理的な理由があったと考えることができる。それは、あとから理由づけできる類のものではない。直感は、眠気や空腹に似ている。生理的なメカニズムから説明できるかもしれないけれど、直感はさらに特異的な反応であって、一般化することは難しいだろう。
要するに、直感を信じることは、私以外の人間にはできない。私の直感を信じることができるのは私だけだ。なぜなら、私の直感は私の中にしかないから。私の外側にある論理では、直感を説明することができない。論理が私の幸せを説明することができないように。私の空腹があなたの空腹ではないように。ただし、人間は他者について想像することができる。私のお腹が空いているとき、もしかしたらあなたもお腹が空いているかもしれない。そして声をかける。一緒にお昼でもどうですか、と。あなたが承諾してくれたなら、それは紛れもない運命である。直感を信じてあなたを誘い、運命に導かれるままにラーメンをいただくのだ。