この街に引っ越してきたのは3年ほど前。会社に勤めながら恋愛ゲームをつくっていて、しかし、このままではいつまで経っても完成しないという危機感から、会社を辞めてゲーム制作に専念することにした。会社の寮に住んでいたから、引っ越す必要があった。
新居で制作に専念するために、それなりにいい椅子やモニターを買った。のだけれど、自宅に一人きりではどうにも集中できず、仕方がないから近所のスタバに通った。コーヒーを注文して、iPadで絵を描く。コーヒーがなくなったら、ワンモアコーヒーで延長戦。そうやって、数時間の集中力を数百円で買った。
スタバではいろんな人が勉強や仕事をしていた。すぐ近くに予備校があるから、高校生や浪人生と思しき人たちが多かった。週に何度か通っていたけれど、いつも見かける人も少なくなかった。私と同じように絵を描いている人もいた。その人は漫画を描いていた。絵描き仲間ができたらうれしいな、と思って、思い切って声をかけようとしたこともあったけれど、結局、声をかけることはなかった。3年間で、誰かに声をかけたり、声をかけられたことはほとんどなかった。
店員さんには、さすがに覚えられていると思う。途中から、モバイルオーダーを使うようになり、ちょっとした仮名で登録した。特徴的な名前だから、たぶん、覚えているだろう。ほとんどいつもいる店員さんもいた。スタバで働く人の多くはアルバイトだと思う。だとすれば、スタバで働いている以外の時間は、この店員さんはなにをしているのだろう、などとぼんやりと考えることもあったけれど、そんなことを聞くわけでもなく、ただコーヒーを受け取って、軽く会釈をする。それだけだった。
そんな思い出のスタバが、今日、閉店した。スタバが入っている商業施設が閉鎖するらしい。近所を通ったら、なにやら盛大なイベントをやっていた。こんなに人が溢れているところを初めて見た。
そして、スタバにも行った。もちろん、仕事のためだ。モバイルオーダーでコーヒーを注文して、iPadで絵を描いた。本当はもう少し思い出に浸っていたかったのだけれど、1時間くらいして眠気が襲ってきたのと、隣で勉強していた高校生がうるさかったので、大人しく家に帰って、昼寝した。それからずっと家で仕事をしていた。スタバは数時間前に閉店した。今はもう、あのスタバはない。
わざわざスタバで仕事なんか、と我ながら思う。お金もかかるし、人の迷惑にもなりかねない。それはそうなのだけれど、まあ、悪いことばかりではなかった。というか、スタバに通わなかったら、ゲーム制作を途中で諦めていたかもしれない。大家族で育ったから、一人は慣れないのだ。そう思うと、あのスタバには大変お世話になった。少し寂しいけれど、仕方がない。今までありがとうございました。おかげで今も、創作を続けられています。モバイルオーダーでご注文のサクラガワより。