芸能界を引退するということ

池田大輝
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公開:2025/7/19

アイドルがグループを脱退すると同時に芸能界を引退する、といった話をときどき聞く。脱退はわかるけれど、芸能界を引退するとはどういうことなのか。

引退という言い方をするのは、スポーツ選手と芸能人くらいではないかと思う。スポーツについてはよく知らない。研究者の場合、定年で辞めることを退官と言ったりするが、要するに定年退職である。

引退という概念は、ほとんどの仕事にはない。一度仕事を辞めても、また同じ仕事に就くことができる。同じ会社に戻るのは難しいかもしれないけれど、転職は全然できるし、多少のブランクがあっても大丈夫なケースは多い。これからはますます人手不足になるわけで、むしろ戻って来いと言われることが増えるだろう。そのような制度を設けている会社をいくつか知っている(カプコンとか)。

スポーツはともかく、芸能の仕事について言えば、戻れないことはないと思う。辞めた事務所やグループに復帰するのは難しそうだけれど、移籍はよくある話だろうし、フリーランスで続けるという選択肢もある。ハードルがあるとすれば、ブランクだろうか。

アイドルや役者にとって、存在を忘れられることは致命傷だ。少なくとも、知られなければ仕事ができない。デビューした時点ではみんな無名だから、マネージャーがあちこちに売り込むのだろう。自分で営業もやるのは相当に大変だと思う。ファンの支持も無視できない。特にアイドルなんかの場合、グッズを買ってくれるファンに支えられていると言っても過言ではない。

だから、ブランクはできれば避けたいのだろう。これだけ消費速度の速い世の中であるから、数年いなくなるだけで、世間から忘れられてしまう。ならばいっそ、こちらから存在を消してしまおう、という宣言が、もしかしたら「引退」なのかもしれない。

と、ここまで書いてみて、クリエイター業にも似たところがあるなと思った。作家も、基本的には作品を出し続けなければならない。大ヒットすれば一生安泰、という時代はとっくに終わっている。そもそも、大ヒットでさえ夢物語だ。まぐれ当たりに期待せず、コンスタントに、地道につくっていかなければならない。

芸能や創作の仕事には、これをずっと続けていく、という覚悟が要るのだろう。逆に言えば、覚悟さえあればなんとかなるような気もする。特に必要な道具やスキルはない。高いセミナーに通う必要もない。続けるためになにが必要なのかを考えて、それを続けること。アイドルは、生き様そのものが商品であるといえるし、俳優やクリエイターも、アイドル的なマインドが求められる時代だろう。そう思うと、引退する気持ちがわからなくもない。あれはきっと、自分に言い聞かせているのだ。今までよく頑張ったね、おつかれさま、と。引退とは、覚悟という名の十字架を降ろす儀式なのかもしれない。

@radish2951
恋愛ゲーム作家。エッセィを毎日更新しています。恋愛ゲーム『さくらいろテトラプリズム』をよろしくお願いします。 daiki.pink