特別であるという自覚

池田大輝
·
公開:2026/6/25

どうせあの人にとって自分は有象無象の一人なんだろうな、という感覚は、きっと誰もが持っているものだろう。と、思ってこのエッセィを書き始めたわけだけれど、案外そんなことはないような気がしてきた。これは、恥ずかしい。たぶん、私は特別であることに飢えているのだと思う。有名になりたいとか、バズりたいというのとは違う。むしろ、逆である。有名になればなるほど、名前だけが一人歩きする。ありもしない幻想を大勢が抱くようになる。それは表面的なイメージとなって定着し、私の特別さを覆い隠す。つまり、私である必要がなくなる。有象無象の一人から、有象無象の有名人の一人に格上げ(または格下げ)されただけである。

そういうことではない。じゃあ、どういうことなんだ、と問われると説明が難しい。なんというか、自分が誰かにとって特別な存在であるという自覚が極端に欠けているのかもしれない。それが普通かどうかはわからない。少なくとも、結婚している人間は、パートナーから見れば自分が特別な人間であることを自覚しているはずだろう。思えば、過去に誰かと付き合っていたとき、その人にとって自分が特別な存在であるだなんて思いもしなかった。もしかしたら、悪いことだったのかもしれない。

誰かにとって特別でありたいという気持ちを自覚し始めたのはつい最近のこと。それは恋愛とか結婚に限った話ではない。もっと抽象的な欲求である。あるいは、恥を承知で言えば、いい加減、特別さを自覚しろ、と誰かに囁かれているのかもしれない。最初に恥ずかしいと書いたのは、そういうことだ。誰かにとって特別だなんて、やっぱり、恥ずかしい。それとも、大人になるとは、こういう恥ずかしさを受け入れることなのだろうか? 敬虔な読者であるあなたならおわかりだろうが、私は中学生のような純潔に支配された人間である。特別でありたいと望むことは、純潔を手放すことであり、世界に背くことであり、それを歓迎することである。世界の果てしなさを代償に、あなたにキスすることである。唇が頬に触れた瞬間、確率分布は収束する。私は特別な点となり、あなたもまた特別になり、ついに世界は不可逆となるのだ。

@radish2951
恋愛ゲームをつくっています。毎日21時頃にエッセィを更新しています。恋愛ゲーム『さくらいろテトラプリズム』をよろしくお願いします。 daiki.pink