『ほしのこえ』というタイトルの良さ

池田大輝
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公開:2025/7/12

『ほしのこえ』は新海誠監督のデビュー作である。中学生のミカコは、国連のパイロットに抜擢され、宇宙へ向かう。同じクラスのノボルは、地球でミカコの還りを待つ。通信手段は携帯のメールだけ。しかし、ミカコが地球から遠ざかるにつれ、メールが届く時間も長くなっていく、というお話である。

『ほしのこえ』が発表された当時、私はまだ小学生だった。『ほしのこえ』も、新海監督のことも知らない。ちょうどその頃、『千と千尋の神隠し』を映画館で観てトラウマになっていた。新海さんのことを知ったのは、大学生のとき。映画制作がうまくいかず、悶々としていたときに、たまたま『秒速5センチメートル』を友人と一緒に観たのだ。

それから新海監督のファンになって、今に至る。特に好きなのは『秒速5センチメートル』と『天気の子』だ。『ほしのこえ』も何度も観ているけれど、正直、そこまで好きではない。好きではないというか、『秒速』ほどの衝撃はなかった。そんなわけで、『秒速』や『天気の子』について語ることの多い私であるが、『ほしのこえ』について触れたことはあまりない。のだけれど、最近になって『ほしのこえ』の良さに気づいた。それは、『ほしのこえ』というタイトルだ。

『ほしのこえ』では、携帯メールによるやりとりが物語の大部分を占める。内心のモノローグも多いが、劇中で起きている事実としては、ミカコとノボルが物理的距離による遅延に阻まれながら、メールをやりとりするという、ほぼ、これに尽きる。『ほしのこえ』が公開された当時は、携帯電話というものが普及し始め、携帯メールに舞台装置としての目新しさがあった、というようなことを新海さんが仰っていたように記憶している。

『ほしのこえ』というタイトルながら、「声」がほとんど登場しないところが面白いな、と思う。さっきも書いたように、モノローグはある。しかし、それは物理的に発せられている声ではない。ミカコとノボルが会話するシーンはかなり少ない。それなのに、『ほしのこえ』なのだ。

タイトルの意味を考察することは、このエッセィではしない。その代わりに、個人的に気になることを挙げてみたいと思う。まず、『ほしのこえ』にはオリジナル版と、プロの声優による吹替版の二つがある。オリジナル版では、ノボルの声を新海さんご本人が務め、ミカコを篠原美香という方が務めた。新海さんと篠原さんの関係については、いろいろな噂がネットにあるので気になる人は調べてみると良い。次に、『ほしのこえ』に続く新海監督の2作目『雲のむこう、約束の場所』という映画のエンディング曲のタイトルが『きみのこえ』である。こちらも、声は直接のテーマではない。

新海作品において、「声」が主要なテーマとして語られることはほとんどない。そのような批評もあまり見ない。それでも、私から見れば、少なくとも初期の新海監督は、「声」というものについて、表面的に見える以上の関心があったように思う。もしかしたら、もうすぐ発表されるであろう最新作で、そのような回帰が見られるかもしれない。そうなったら、ファンとしてはうれしい限りだ。まあ、これは単なるいちファンの期待なので、話半分で聞いてもらいたい。それにしても、ミカコの声を務めたのが篠原「美香」さんであるというのは、こう、なかなか、ぞわぞわする。ある意味では、新海誠の真骨頂かもしれない。

@radish2951
恋愛ゲーム作家。エッセィを毎日更新しています。恋愛ゲーム『さくらいろテトラプリズム』をよろしくお願いします。 daiki.pink