お笑い芸人や漫画家やイラストレーターのような、いわゆる芸事の世界は、厳しい世界だと言われることがある。それはその通りで、実際に苦労している知り合いもたくさんいるし、いつの間にか夢を諦めている人も少なくない。
では、厳しくない世界というものはあるのだろうか。会社員は安泰だ、と言われるけれど、会社だって入るのに試験がある。芸人のオーディションや漫画家の持ち込みと変わらない。そして会社員は一度なったが最後、基本的には辞めることができない。嫌になったから休む、ということができないし、それに制度上は辞めることができなくないけれど、辞めたらまた次の仕事を探さなければならない。会社に人生を捧げる覚悟がなければ会社員は務まらない。安泰という言葉は、束縛とほとんど同じ意味である。
もう少し控えめに、バイトで食い繋ぐこともできなくはない。とはいえ、基本的には会社員と同じ構造だし、給与や福利厚生は見劣りする。個人的には、バイトのほうがしんどい。同じような作業を延々と繰り返すことが極端に苦手である。このへんは人に依るだろう。同じ作業をやるだけでお金がもらえると喜ぶ人もいるかもしれない。私は会社員もつらかった。遅刻をすると給与が減らされる。同じ時間に出勤しなければならないことは、ほとんど拷問のようであった。
今の勤務先は、その点では恵まれている。会社じゃないし、勤務形態は柔軟だし、業務内容も細かくマネジメントされない。これが合わない人もいるだろう。それに、入るのは結構難しい。かなり専門職に近い。条件を満たす人は、おそらく日本に100人もいない。学生時代の専門と、その後の経歴がたまたま合致したおかげで採用された(と思う)。
つまり、厳しくない世界というものは、この世には存在しないようである。その人にとって多少ましな世界があるというだけ。多少ましな世界ですらも、きっと天国とは程遠い。絶望的な気分になる。では、どうすれば良いのか、と。
世界をつくる、という選択肢がある。ろくな世界がないのなら、自分でつくってしまえば良い。お笑い芸人も漫画家もイラストレーターも、世界をつくることが仕事だ。世界をデザインし、そこへ住人を招くことができる。住人は、たとえば読者とかファンなどと呼ばれる。大事なのは、あなたがつくり上げた世界が、誰かにとっての居場所になりうるということ。世界が厳しいというのなら、優しい世界をつくれば良い。私はそのような気持ちで、日々エッセィを書いている。毎日30分を執筆に捧げることを、厳しいと思ったことは一度もない。