最近、会う人から「エッセィを読んでいます」と言われることが増えた。これは人に読まれることを想定して、池田大輝という人間の宣伝として書いているものだから、読んでもらえるのはうれしい。とはいえ、面と向かってそのように言われると、やはり恥ずかしいものだ。
フィクションなら恥ずかしくない。物語は、私の思想やアイデアを書いたものではなくて、物語の世界のキャラクターたちの行動や発言を記録したものだ。フィクションに書かれていることは、ある意味で「客観的な事実」である。
ここに書いていることも基本的には事実だけれど、そこには主観が含まれる。書く必要のない事実をあえて書いているともいえる。結婚の話なんかは幾分センシティブというかプライベートなことだけれど、読まれやすいから仕方なく書いている。というのは、ちょっと嘘である。
普段は読者をあまり意識しない。正確には「大勢の読者」を意識していない。みんながこぞってこれを読んでいる様子ではなく、誰か一人がこっそりとこの場所を覗いているような、そんなイメージを想像している。特定の誰かを常に想定しているわけではない。基本的には、漠然とした「誰か」を思い浮かべている。特定の誰かを想像することもゼロではない。
今回はどうか? タイトルからご想像の通り、私に「読んでいます」と言った人のことを思い浮かべている。一人だけかもしれないし、二人以上いるかもしれない。それは私だけが知っている。あなたのことを思い浮かべています。なんて、面と向かって言われたら恥ずかしいですよね。