すごくなくてもいいよ

池田大輝
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公開:2025/8/20

世界にはすごい人がたくさんいる。日々、すごいポストがXのおすすめ欄を埋め尽くす。すごく可愛い人、すごくラッキーな人、すごくお金を稼ぐのがうまい人。

一昔前は、すごい人はテレビの向こう側にしかいなかった。ごく一部の選ばれたすごい人だけがテレビに出ることができる。有名人でなくともすごい人はいる。けれど、一般人は有名人と明確に区別される。どれだけすごくても、一般人である以上、「素人」と呼ばれる。テレビの向こう側はすごい世界、こちら側はすごくない世界だった。

今は違う。すごい人はどこにでもいる。素人もプロも関係ない。テレビに出ても全然すごくない。別に、すごい人じゃなくても簡単にテレビに出られることが知られてしまった。テレビは権威を失った。テレビに出るよりも、ネットでバズるほうが遥かにすごい。すごい人はバズり、注目を集め、さらにバズる。そのような仕組みがSNSには備わっている。

つまり、すごいものしか目に入らないような仕組みになっているのだ。昔のテレビがそうであったように、みんな、すごいものを見たがっている。プラットフォーマーはそれをよく理解している。データに基づいた統計が、それを科学的に証明する。すごいものをたくさん流せば、ユーザーは長時間SNSに滞在することがわかっている。少し前のテレビでは、ネットでバズったすごい映像を垂れ流すだけの番組があった。そんな企画が通ってしまうのだ。

動物園のパンダみたいなものだ。すごいもの、珍しいものに人は集まる。パンダが好きだとか、パンダの生態を知りたいという人は少ないだろう。なんとなくすごそうだから気になってしまうという、それくらいの動機でしかない。Xのおすすめ欄もYouTubeのショート動画も、その心理を利用してユーザーを依存させる。再生回数を稼ぐために過激な動画を上げるYouTuberも、それを嬉々として消費する視聴者も、グーグルの手のひらで転がされているのだ。

すごさなんて、その程度のことでしかない。宝くじが当たればすごい。東大に入ればすごい。新卒で入った会社にずっと勤めていればすごい。1万いいねがつけばすごい。100万回再生されればすごい。

そんなものに人生を委ねる必要はない。すごい人である必要はない。だいたい、みんな、大してすごくないのだ。すごさを演出したがる人がいる。演出に騙されてはいけない。演出に甘えてはいけない。本当にすごい役者は、すごい演出などなくても輝いて見える。本当にすごい演出家は、すごい役者であることを求めたりしない。すごくなくてもいい。むしろ、すごくないほうがいい。

@radish2951
恋愛ゲーム作家。毎日21時頃にエッセィを更新しています。恋愛ゲーム『さくらいろテトラプリズム』をよろしくお願いします。 daiki.pink