健康よりも大事なもの

池田大輝
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公開:2026/1/6

それは命である。生きているということは、私たちが思う以上に、遥かに奇跡的なことである。人間、に限らずあらゆる生命は、気の遠くなるくらい複雑なシステムの上に成り立っていて、その複雑さゆえに、多少のアクシデントやダメージでは死なないようにできている。とはいえ、虫を踏み潰せば死んでしまうのと同じように、人間もあっさり死んでしまう。寿命が延びているように見えるのは、死をもたらす原因が、どんどん遠ざけられているからだ。駅のホームにはドアが設置され、労働時間は制限された。逆にいえば、規制しなければ、人間を死に追いやる原因はいくらでもあるということ。この時代に生きているせいで、それが忘れられつつある。

健康第一という言葉は、そう思うと、なかなか贅沢なことを言っている。生きているだけでは飽き足らず、病気がなく、健やかである状態を望んでいて、それを「第一」に据えている。命など、どうでもいいと言わんばかりだ。

これを読んでいるあなたは、少なくとも生きているはずであり(そうじゃなかったら怖いです)、それは、つまり、奇跡的な運命に導かれたということだ。生きているだけで幸せ、と言いたいのではない。幸せかどうかはあなたが決めることであって、これは、たんに確率的な話に過ぎない。生きている、という天文学的な確率に比べれば、健康であることと、このエッセィを読んでいることは、せいぜい同程度のありがたさしかない、ということ。

生きているだけでも奇跡なのに、たまたま同じ時代に生まれたたくさんの人たちがいて、その人たちに出会ったり、喧嘩したり、恋をしたりすることができる。なんと贅沢なことだろうか。生きていることに比べれば、あらゆる出来事は贅沢だ。だから慎ましく生きろ、ということではない。逆である。この世に生まれ落ちてしまった以上、一生をかけても出会えないほどのたくさんの出会いが世界にはある。健康は、それを支えるひとつの土台にはなり得る。でも、生きているから、健康でいられるのだ。死んだ人から見れば、生きている人というのは、億万長者みたいなものだ。せっかくの資産を医者やジムだけに注ぎ込むのは、ちょっともったいない気がする。

@radish2951
恋愛ゲーム作家。毎日21時頃にエッセィを更新しています。恋愛ゲーム『さくらいろテトラプリズム』をよろしくお願いします。 daiki.pink