ソーシャルメディアでは、それは、たとえば「いいね」である。botでもない限り、いいねをしてくれたということは、見てくれているということである。いいねされると、素直にうれしい。あ、この人は私のことを見てくれているんだな、と思う。承認欲求とは少し違う。別に、承認されたとは思わない。どのような理由であれ、あなたが私を見てくれている、ということ。
逆に、いいねする立場で考えると、それは決して軽いものではない。あなたを見ている、という事実以上に、もっと踏み込んだ意思表示である。いいねしすぎると迷惑かな、と思って、あえて控えることもある。でも、いいねされる側の気持ちになってみると、躊躇せずにいいねしてくれたほうがうれしい。
一生に出会える人の数は限られている。それはインターネットでも同じ。タイムラインに流れるポストに片っ端からいいねしたとしても、全人類のほんの一部にしかいいねできない。ちゃんと内容を理解して、その人のことを知った上でいいねできる相手なんて、本当に限られた数だけだ。そう思うと、なんだか不思議。いいねを強要しているのではない。それは、好きなようにしてください。ただ、あなたがいいねしてくれたという、たった1ビットの情報に、ロマンを感じてしまいそうになるだけです。