今年はいろんなことがあった。激動の1年と呼ぶにふさわしい1年だった。とはいえ、表に出せるような成果はあまりなかったから、そんなふうには見えていないと思う。ということを見越して、こうして、エッセィを書くことにした。このエッセィも、1年前に比べれば、読まれる数がそれなりに増えた。エッセィを通じて出会ったご縁もある。まあ、まだまだこれからだから、気長にやっていくと思う。3年くらいは続けるつもりだ。いつも読んでくれてありがとうございます。
事実はギャルゲーよりも奇なり。私の座右の銘である。恋愛物語を自ら書いて、女の子のイラストを描いて、声優さんに声を当てていただいて、楽曲も書いていただいて、ゲームとして世に出す。そんなことをするなんて、数年前まで全く想像しなかった。アニメにもゲームにも興味はなかったし、私は映画監督になりたかったのだ。それが、なぜか、こうして恋愛ゲームを一生懸命つくる人生を送っている。
やはり、なにかがおかしい。ゲームをつくり始めた頃から、人生が思わぬ方向に進んでいる。良いこともあれば、悪いこともある。長期的に見れば、良い方向に向かっている。映画を諦めてゲームをつくり始めたことで、巡り巡って映画制作に携わることになった。ゲーム制作を通じて、役者さんとも知り合えた。映画制作の機運は、少しずつ高まっている。すぐにできることではないけれど、それでも、闇雲にもがいていた数年前に比べると、あらゆる可能性が開けてきたといえる。
やりたいことをやるために、今後3年間の計画を立てた。無理をせず、余裕をもって、実行可能な計画にしてある。計画通りに進めていけば、夢はそれなりに叶う見込みだ。来年からは、この計画を粛々と進めていくことになる。楽しみにしていてください。
とはいえ、計画通りには行かないのが、やはり人生の面白いところである。どんなシナリオライターも思いつかないような突飛な出来事が、現実には起こり得る。さすがにそれはあり得ないよ、とシナリオ会議ならダメ出しをされる展開が、現実世界には意外とある。私はそれを、すでに経験している。この数年でこれだけのことが起こるなら、これからの人生はもっとすごいはずだ、という予測が立つ。その予測すらも逸脱するポテンシャルを、この世界は秘めている。
事実はギャルゲーよりも奇なり。その言葉の本当の意味を、あなたも私もまだ知らない。だから、これから探しにいくのだ。フィクションに負けている場合ではない。ギャルゲー主人公に負けている場合ではない。安芸倫也に負けている場合ではない。フィクションは面白い。それを生み出せるこの世界は、少なくとも、それ以上に面白いはず。どんなルートが待っているのか。楽しみで仕方がない。