「ひとりで頑張っててすごいね」

池田大輝
·
公開:2026/4/4

呪いが本当にあるのだとしたら、この言葉ほど私にとって重い呪いはない。

学生時代は映画を撮っていた。高校では同好会を立ち上げてそれなりの大所帯だった。大学に入ると、理系大学ということもあって、映画をやりたい人はほとんどいなかった。映画部に見学に行ったら「慶應とか行ったほうがいいよ」と言われた。だから、仕方なく、ひとりないしは少人数で撮れる映画を撮っていた。社会人になると、いよいよ創作仲間とも会わなくなった。2020年に、友人と二人で恋愛ゲームをつくり始めた。2年ほどかけてゲームをつくり上げ、リリースし、友人はチームを離脱した。それから、私は自分で作業のほとんどを担当しながら、ゲームづくりを続け、今に至る。

「ひとりで頑張っててすごいね」という言葉を、これまでに何度聞いたことだろう。たぶん、元々はひとりでやっていたわけではなかった。前述の通り高校は同好会があったし、大学でも少人数とはいえ、大抵は誰かと映画を撮っていた。それが、いつしか、ひとりでやっていることになっていった。

ひとりで頑張っている姿は、どんなふうに見えているのだろう。その言葉をかける人は、少なくとも、悪意をもって発言しているわけではないと思う。けれど、私にとっては、ひどく突き放されたように感じる。私はあなたに関与しない。あなたはずっとひとりなのだ、と。

ひとりでやりたいだなんて、一度も思ったことがない。声をかけないでほしいなんて、一度たりとも言っていない。それなのに、なぜこうなってしまったのか。言葉は呪いだ。たとえそれが祝福や励ましのつもりだったとしても、どんな言葉も呪いになりうる。私は呪われていた。たくさんの善意に。純粋な応援に。そして、私自身に。

なんとしても、この呪いを解かなければならない。もう、ひとりはごめんだ。ひとりで泣かずに済むように、ひとりで苦しまずに済むように。人に声をかけ始めた。声をかけられるよりも、声をかけるほうが得意らしいことがわかってきた。ただし、人を動かすのは難しい。私自身が魅力的で、信頼できる人物にならなければならない。こうしてエッセィを書いているのも、その涙ぐましい努力の一環である。ひとりで書いているけれど、あなたが読んでくれている。その有り難さを知ったのは、ほんのつい最近のこと。

@radish2951
恋愛ゲームをつくっています。毎日21時頃にエッセィを更新しています。恋愛ゲーム『さくらいろテトラプリズム』をよろしくお願いします。 daiki.pink