かつて婚約者がいた

池田大輝
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3年ほど付き合った恋人と、あるとき、婚約をした。

正直、不安だった。結婚というものに責任を負うことができるのか、わからなかった。お金や健康の話だけではない。もっと根本的な部分で、言い表せないなにかが揺らいでいた。あえて言葉にするなら「覚悟」だと思う。たぶん、それが足りていなかった。

不安は形になり、婚約から1年を待たず、それは破棄された。彼女は泣いていた。きっとつらかったと思う。申し訳ないことをした。

ゲームを完成させなければならないと言って、私は会社を辞めた。黙って勤めていれば幸せな家庭を築くには充分な収入を得られる会社だった。もちろん、辞めるずっと前から相談はしていた。でも、結果的に辞めざるを得なかった。普通に生きていくことがこんなにも大変なのかと思った。それは彼女も同じだったはずだ。

どうすればよかったのだろう、と、考えてみる。答えはない。過去はやり直せない。やり直したいとも思っていない。ただ、罪悪感だけが残っている。

きっと、どうすることもできなかった。無理に会社に勤め続けて、アンバランスさの中で結婚したとしても、どこかで破綻していたと思う。結婚すれば、子供ができれば、考え方が変わった可能性もゼロではない。でも、やっぱり、そのような生き方はできなかった。

結婚はまだ、したことがない。けれど、婚約という行為を経験したことで、結婚について考えるようになった。結婚は、その実はただの契約である。法律や税務上の変化はあるけれど、些細なものだ。では、なぜ結婚するのか。理由はなんだろうか。少なくとも、他人にあれこれ言われるようなものではない。自分の、自分たちの中に見出さなければならない。

きっと、対話が欠けていたのだと思う。収入をどうするかとか、どこに住むとか、そういうことではない。もっと、二人にしかできない話をすべきだった。彼女の言葉に耳を傾けるべきだった。言いたいことをちゃんと言うべきだった。後悔ではなく、反省している。

本当に迷惑をかけた。もう別れてしばらく経つ。あの頃の出来事が今の彼女の足を引っ張っていなければいいなと思う。幸せであってくれればそれで良い。それ以上はなにも望まないし、望むべきでもないだろう。

私はといえば、彼女との経験に大いに支えられている。彼女と付き合うことがなければ、恋愛ゲームのシナリオなど書けなかったはずだ。他者の気持ちを想像するという極めて基本的なことを、数年越しに教えてくれた。本当に感謝している。いいように使われたと思うかもしれないけれど、大目に見てほしい。

想像力。相手を想う心。きっとこれが足りていなかった。今はどうだろう。多少はましになったと思いたい。この文章を読んでくれるあなたのことを想って書いたつもりだ。伝えたいメッセージは特にない。これを読んだあなたがほんの少し、幸せになってくれれば良い。それだけだ。

@radish2951
ゲーム作家。恋愛ゲーム『さくらいろテトラプリズム』をよろしくお願いします。 daiki.pink