しずかなインターネット

日記やエッセイにちょうどいい
文章書き散らしサービス

ログイン

恋愛も創作の一部?

池田大輝
·
公開:2026/8/18

恋人をつくる、という表現を文字通りに受け取るならば、なるほどたしかに、恋愛も創作の一部といえるかもしれない。恋愛物語を書くうえで、恋愛経験は必ずしも必要ではない、とはいえ、ざっと眺める限り、良きクリエイターは良き夫、あるいは良き妻、あるいは一般化して、良きパートナーに恵まれている割合が高い。庵野秀明監督と安野モヨコ氏の夫婦仲について、私の知るところはほとんどないけれど、しかし、安野モヨコ氏が庵野秀明監督を題材に漫画を描いていたことは事実であって、少なくとも、夫婦仲は悪くないのであろうと思われる。

本当の意味で孤独なクリエイターを私は知らない。偉大な作品を残したクリエイターの隣には、必ずと言って良いほど誰かがいた。それは、恋愛関係には限らないかもしれない。それでも、どんな形であれ、誰かを隣で支えるというのは並大抵のことではない。そして、隣にいる誰かを愛することもまた、並大抵のことではないだろう。これは、ある意味では覚悟の問題そのものである。恋愛と創作の共通点を挙げるならば、それらは本来、全く必要とされていないものである。畑を耕したり、人助けをするほうがよほど有意義であって、そういうことをせずとも生きていける時代に生まれたのは幸運(あるいは、捻くれた見方をすれば不幸)である。

恋愛と創作の衝動は似ている。一度生まれてしまった以上、自分にはどうすることもできない。どうすることもできないとわかっていながら、なんとかするしかないのである。その意味では、恋愛における数々の理不尽かつほろ苦い経験は、創作の糧にきっとなるだろう。逆はたぶん成り立たない。クリエイターはモテる、というのは幻想である。愛されるために創作をやるのはコスパが悪い。愛されることは消費であり、愛することは生産である。生み出すことは、いつも苦しい。報われないとわかっていながら、それをせずにはいられない。そう、報われないのだ。

そう思うと、恋愛は、やはり、創作の入門にはうってつけといえよう。どうしようもなく誰かを愛した経験が、良きクリエイターの必要条件、とまでは流石に言わない(言うまでもなく十分条件ではない)けれど、冒頭に書いたように、良きクリエイターの多くが、パートナーを心から愛しているように見える、というのが、少なくとも私の観察である。考えてみれば、いくら有名人とはいえ、パートナーの名前が世の中に公開された(あるいは意図的に公開した)状態で、堂々と惚気てみせるというのは、もはや職人技の域である。素人にはとても真似できない。いや、できないことはない。堂々と惚気れば良いのだ。覚悟の問題とは、そういうことである。

@radish2951
恋愛ゲームをつくっています。毎日21時頃にエッセィを更新しています。恋愛ゲーム『さくらいろテトラプリズム』をよろしくお願いします。 daiki.pink