昨日、国立遺伝学研究所にお邪魔した。通称、遺伝研。遺伝子やゲノムを手がかりに、生命の謎を解き明かすことをミッションに掲げる研究機関である。
私が卒業した東京工業大学(現東京科学大学)の研究室でかつてお世話になった先生方のうち数名が、いま遺伝研にいらっしゃる。そのお一人が森宙史(もりひろし)先生である。当時、森先生は東工大の助教であられた。私の直接の指導教官ではなかったものの、大学院へ進学するにあたり志望理由書を添削いただいた記憶がある。
研究室に在籍していた大学4年生当時、私は迷っていた。高校時代から続けていた映画制作を仕事にしたいと思っていた。けれど、東工大という、芸術から最も遠いと思われる場所からその道へ進むことは容易ではなかった。
同時に、研究の道に対するポジティブな気持ちもそれなりにあった。私が所属していた研究室は、バイオインフォマティクスという分野を専門としている。生命の設計図といわれるDNAの塩基配列を調べることで、生き物の根源的な仕組みを理解しようとする試みである。これが、なかなか面白かった。DNAは、ATGCの4文字からなる文字列として解釈できる。AGGCTTGAACGCCT…みたいな謎の長大な文字列が、私たちの身体を支配している。じつに不思議なことだと思う。
そうやって、全く異なる二つの興味に引き裂かれるように、不安定な学生生活を送っていた。映画を撮りたくて東工大に来る人はいないし、映画を撮りたくてバイオインフォマティクスの研究室に入る人もいない。先生方には多大なるご迷惑をおかけした。
ある日、とあるミュージックビデオを撮影することになった。撮影のためにできるだけ多くのエキストラが必要になり、その募集を研究室のメーリングリストに投げた。すると、すぐさま森先生から「これは研究室と無関係なので自己責任で」と、メンバーに釘を刺すようなリプライが来た。いま思うと、きっと森先生に他意は無く、文字通りの補足だったと思われる。けれど、当時若干二十歳の私にとってみれば、「研究と関係ないことすんな馬鹿野郎」と言われたのに等しかった。
そんな思い出があったから、正直、久しぶりにお会いするのは緊張した。のだけれど、それは杞憂だった。ここ10年ほどの私の奇々怪々なキャリアに興味を持っていただけたし、研究の話でも大変盛り上がった。研究者として対等に接してくださったことがうれしかった。この先、どのようなキャリアを歩むかわからないけれど、とりあえずはこのままで大丈夫だと思えた。焦らず、地道に行こうと思う。
来月開催される学会でも、改めてお目にかかる予定である。会場は名古屋大学。ん? 名古屋大学……?