昨日、『大切な人には会わないほうが良い』というエッセィを書いた。実は、タイトルと真逆の結論に至るのだけれど、最後まで読んでくれただろうか。
「大切な人には会わないほうが良い」とも思うし、「会いたい人には会うべきだ」とも思う。つまり、大切な人と、会いたい人は必ずしも一致しない。考えてみれば当然だ。会ったことのない人を、大切だと思うのは難しい。会ってみて、なんとなく気になって、少しずつ距離が縮まるうちに、その人のことを大切だと思うようになる。
誰かを大切に思うのは、その人との関係性における最後のフェーズだ。ひととおりのイベントを経験して、これ以上の目新しさがなくなって、初めてその関係を大切にしたいと思う。この関係を壊したくない、この生活が続いてほしい、という保守的な願い。夢に向けて背中を押すことを「大切にする」とはあまり言わないと思う。誰かを大切にするとは、結晶化した思い出の宝石を壊さないように丁寧に保存しておくことだ。
誰かに会いたいという気持ちは、その対極にある。あなたのことをもっと知りたい。あなたの声をもっと聞きたい。あなたの心にもっと触れたい。きわめて侵襲的な態度であって、相手を変えてしまいかねない危うさがある。
それでも、人は一人では生きていけない。誰かを傷つけ、誰かに傷つけられることでしか、人と人とは繋がることができない。多くの場合、それを傷と認識することはない。傷害と抱擁は紙一重、というかほぼ同じだ。誰かを大切にするとは、そのいずれからも距離を置く、きわめて紳士的で保守的な態度といえる。
しかし、大切にされるだけでは人は生きていけない。可愛い子には旅をさせよ、と言うだろう。だから私は旅に出る。旅の途中で、可愛いあなたに会うために。