芸能事務所をつくりたい

池田大輝
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2024年5月から7月の3ヶ月間、サンミュージックが主催する無料お笑い塾SEAに通っていた。吉本でいうところのNSCのようなものだ。NSCはNew Star Creationの頭文字を取ったもの(だったはず)。SEAがなんの略かは知らない。Sun Music Entertainment Academyとか? 推測です。

SEAでは週に一度、ネタ見せの授業がある。授業といっても、ネタを披露し、講師からフィードバックをもらうだけ。座学はほぼない。これが3ヶ月間続く。無料でお笑いを学べるのはたいへん有り難い機会だった。

SEAで学んだのはお笑いだけではない。事務所とタレントの関係という、おそらく一般にはあまり知られていない領域について多少の知見を得ることができた。もちろん、これはサンミュージックの話であるし、サンミュージックも一枚岩ではないだろうし、何より、細かい話には踏み込まないほうがよさそうなので、そのあたりはご了承いただきたい。

まず、芸能事務所は想像していたよりも何もしてくれないんだな、というのが率直な感想だった。適当にサンミュージックの芸人のSNSを検索してみてほしい。サンミュージックに所属しているにもかかわらず、連絡先が個人のメールアドレスだったりする。タレントの窓口は事務所の主たる機能ではないのか? 窓口を担わず、むしろ何をするのか知りたい。

次に、マネージャーとタレントは結構ドライな関係なのだな、と思った。もちろん、人に依るだろうけれど、たまに見る「芸人がマネージャーをゲストに呼ぶ」みたいなのはかなり親密なケースだと思われる。特に、吉本のような巨大組織では、マネージャーが担当するタレントの数は膨大と聞く。タレント側がマネージャーと仲良くなろうとしても、マネージャー側にそのような余裕は無さそうだ。余談だが、エンターグラム社の恋愛ゲーム『制服カノジョ まよいごエンゲージ』のシナリオを書かせていただいたことがある。声優の卵であるヒロイン・仁田原夢羽(にたばるゆめは)を、プレイヤーはマネージャーとして、そして恋人として支えるというストーリーだ。マネージャー兼恋人というのはファンタジーすぎたな、と反省している。ファンタジーのつもりで書いたから別に良いが。

あとは、タレントをどう活かすかはマネージャーの裁量次第ということ。それはそうだろうけれど、それにしても、タレントの自由はかなり制限されていると感じた。タレントからすれば、マネージャーに気に入られることが重要になる。マネージャーに気に入られなければ仕事が降ってこない。そこには明確な権力勾配があって、駆け出しの若手芸人にとってみれば、せっかく事務所所属したのに、と思うこともあるだろう。

総じて、事務所に入れば万事解決、とはいかないのだなと思った。事務所に所属するハードルは結構高い。その先にもハードルがあることがわかった。厳しい世界というけれど、想像以上に厳しいらしい。

SEAを受けたのは、他でもなく、事務所に所属してみたいと思ったからだ。事務所に所属するということがどういうことなのかを知りたかったし、それに、自分の創作活動に多少なりともプラスになればいいなと思った。結局、それは叶わなかったけれど。

軽い気持ちで受けてみた、とはいえ、多少は落ち込んだ。でも、それから時間が経って、あれこれ考えてみて、これはマッチングの問題なのだな、と思うようになった。さっきも書いたように、マネージャーとタレントには相性がある。つまり、事務所に所属するときにはもっとシビアな相性のマッチングがあるということ。大雑把にいえば、会社との相性、上司との相性とほぼ同じものだろう。どの会社でも働ける人がいないように、どの事務所にも受け入れられる芸人はいないのだ、きっと。

マッチングの問題は、これまでの人生で何度も立ちはだかってきた。自分はどこでもうまくやっていけるタイプではないのだろう、と諦めつつある。自分に合う場所というものを、見つけたことはないかもしれない。ここが居場所だ、と思えたことはたぶん、一度もない。居場所なんて本当にあるのか疑わしいけれど、新卒で入った会社に定年まで勤め上げる人は少なくない。数回の転職を経て、長く勤められる会社を見つける人も多い。みんな居場所があっていいな、と正直羨ましい。

だから、私のような人間に残された選択肢は、数少ない居場所を探し当てるか、自分でつくるかの二択しかない。前者については、一応、頑張っている。こうした執筆活動もその一環である。が、うまくいくかどうかはわからない。居場所と思える場所を見つけたとしても、すぐに離れてしまうかもしれない。できるだけ避けたいけれど、なんともいえない。

居場所をつくる、というゴールに、いずれは辿り着くのだと思う。夢とか、そんな大層な話ではない。消去法で考えて、きっとそれしかないのだ。なんとなく、そんな気がしている。具体的にどんな場所かは、まだよくわからない。でも、自分みたいに居場所を見つけられずにいる人の居場所になれたらいいな、という思いは少しだけある。

才能があるのに、それを活かせずにいる人をたくさん見てきた。もちろん、自分で道を切り拓く人もいる。でも、みんながタフなわけではない。運もある。夢を目指す人全員に椅子が用意されているわけではない。そういうことを、論理的に説明してくれる大人は少ない。みんな他人に興味がないのだ。冷たいけれど、現実である。

埋もれた才能を発掘したい、という欲求がそれなりにあることを最近、自覚しつつある。人のいいところを見出す能力は、私の数少ない強みのひとつだと思っている。この人にこれをお願いしたら面白そうだな、と妄想することが増えた。もちろん、実績として積み上げていかなければいけないけれど、なんとなく、向いている気がする。

事務所をつくるのは悪くない選択肢だと思う。もちろん、責任を伴うし、実際の運営能力は今の私にはない。時間はかかるだろう。でも、できないことはないと思う。少なくとも、事務所に所属するよりも可能性は高そうだ。

所属するタレントが売れたら、きっとうれしいと思う。ここに入って良かったと思ってくれたら、居場所を見つけたと思ってくれたら、この上なくうれしいだろう。事務所にできることは多くはない。原石を見出して、適切な仕事を割り振るくらい。だから、売れるのは本人の成果だ。事務所は勘違いしてはいけない。でも、まあ、喜ぶくらいは許してほしい。

なんの事務所か、というイメージは今のところはない。ジャンルを定めないほうが面白そうだと思っている。できれば変な人に来てほしい。他の大手でやっていける人はそちらに行けば良い。他ではやっていけなそうな人を集めたい。きっと、唯一無二の場所になるだろう。でなければ、わざわざつくる意味がない。

なんだか楽しくなってきた。早くオーディションをやりたい。オーディションは、タレントが事務所を評価する場だ。オーディションで何を問うか。真の才能は、そこを見ている。

@radish2951
ゲーム作家。恋愛ゲーム『さくらいろテトラプリズム』をよろしくお願いします。 daiki.pink