私のことを好きになってほしい

池田大輝
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公開:2025/4/5

生きることは簡単じゃない。人は誰もが孤独なのに、一人で生きていくことはできない。一人では、食べ物を得ることも難しい。だから、誰かの力を借りなければならない。誰かを少しだけ助ける代わりに、誰かに少しだけ助けてもらうのだ。

その原理は長い時間を経て、仕事と呼ばれるシステムになった。会社のために、社会のために自らを犠牲にして、明日を生きるための糧をいただく。もはや人助けとは呼べない仕事もあるだろう。ほとんど詐欺みたいな仕事だって少なくない。ネットを埋め尽くす広告は人々を不幸にしているのに、広告業界は儲かっている。システム化されてしまった仕組みは、ハックされる運命にあるのかもしれない。

私は、そういう仕組みに適応することができなかった。そもそも、興味がない。システムをハックして利益を最大化する。そういうゲームが本当に苦手なのだ。学校の成績は良かった。それは単に、学ぶことが楽しかったからだ。塾も予備校も通わなかったし、暗記だってほとんどしなかった。そういう、成績を上げるための努力みたいなことには一切興味がなかった。ただ、楽しく勉強すれば、大人が褒めてくれる。成績を上げたいと思ったことは一度もない。でも、それで充分だった。

しかし、社会というものは、そう簡単ではないらしい。仕事をすることが、なぜか良いこととして語られる。単なる価値の交換でしかないはずなのに、やりがいだとか、感謝だとか、とにかく、そういう言葉で誤魔化さなければ気が済まないのかと疑いたくなるくらいに、仕事の本質は隠蔽される。そういう茶番に付き合える人を社会人と呼ぶのだとしたら、私は明らかに落ちこぼれである。

もっとシンプルにいきたい。面倒なのはごめんだ。なにかを提供する代わりに、なにかをいただく。それだけでいい。毎日書いているこのエッセィは、私が提供するもののひとつだ。対価はなにも払っていない、と思ったら大間違いだ。私は、あなたの時間をいただいている。ここまで読んだ時点で、少なく見積もっても30秒は経っただろう。時給1万円と仮定すれば、100円弱に相当する。時給1万円は高すぎる? そうだろうか。時間は、お金よりもずっと価値がある。お金は増やすことができるけれど、時間は減らすことしかできない。それほど貴重なあなたの時間を、私は奪っているのだ。

時間を費やしてくれることは、お金を払ってくれることよりもうれしい。なぜなら、それは、私のことを好きだと言ってくれているのとほとんど同じだからだ。べ、別にあんたのことなんか、と言ってほしいわけではない。好きじゃなくても全然構わない。ただ、好きになってくれたらうれしいのだ。

私が提供できるものなど、たかが知れている。安定した労働力も、世界を変える発明も、私には提供できそうにない。できることを、やっていくしかない。そんな私を好きになってくれる人がいるのだとしたら、それだけで私は、この世界で生きていける。これは比喩でも誇張でもない。私というちっぽけな存在に、時間を、心を預けてくれるあなたのおかげで、私は生きることができるのだ。

私のことを好きになってくれたなら、私はできる限りのお返しをしよう。それは物語かもしれないし、違うなにかかもしれない。時間はかかるかもしれないけれど、そのぶん、たくさんお返しできると思う。それくらい、うれしいのだ。どうか、私のことを好きになってほしい。すでに好きなら、もっと好きになってほしい。嫌いでも構わない。嫌いなのに好きというのも、可愛げがあって良いと思う。ツンデレキャラは嫌いじゃないです。

@radish2951
ゲーム作家。恋愛ゲーム『さくらいろテトラプリズム』をよろしくお願いします。 daiki.pink