タレントをマネジメントするという視点

池田大輝
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公開:2026/1/12

いま、新作ゲーム(ビジュアルノベル)のシナリオを書いている。かなり完成に近づいていて、細部のブラッシュアップを進めているところ。1月中にはほぼ完成する見込み。できるだけ早く情報を出すべく、使える時間のほとんどを制作に充てている。

シナリオを書くというのは、実は、そこまで創造的な行為ではないのかもしれない、と思いつつある。いや、もう少し正確に言うと、創作とは、管理職的な、マネージャー的な側面が案外強い気がしている。

学生時代は映像を撮っていて、映画監督になりたかった。とにかくかっこいい、面白い映像を撮ることに躍起になっていた。映像的な見栄えが最重要であり、物語は二の次だった。いや、物語を軽視していたわけではないけれど、なんというか、ゼロからつくろうとしていた。

ここ数年でゲームシナリオを書くようになり、物語を書くということに対する認識ががらりと変わった。私の場合、物語は、自分がゼロから生み出すものではない。自分の中ではなく、外にあるものだ。外側にある物語を観察して、文字に起こしているに過ぎない。

ただし、ぼんやりと眺めていれば良い、というわけでもない。物語にはキャラクターがいる。キャラクターは、言葉が難しいのだけれど、放置すれば勝手に良い物語を生むわけではない。作者の介入が必要、というのも少し違う。なんというか、「眺める」のではなく「見守る」必要があるのだ。

子供がいる親なら、あるいは、弟や妹のいる兄や姉ならわかるかもしれない。私には弟と妹が合わせて4人いる。この環境で育ったことが、シナリオライターとしてのアドバンテージになっている気がする。見守るというのは、それなりにバランス感覚を要求される。無関心でもだめだし、口を出しすぎてもだめ。言葉でうまく説明できる気がしない。

キャラクターをマネジメントしている、という言い方がしっくりくるかもしれない。マネジメントにもいろいろあるけれど、細かくあれこれ口出しをするのは苦手だし、されるのはもっと苦手。なんというか、マネージャーは、余裕を持つべきなのだと思う。自分のことでいっぱいいっぱいでは、キャラクターの微妙な仕草を見逃してしまう。彼女たちのやりたいことに気づけない。

キャラクターは、作品世界におけるタレントなのだ。私はプレイしたことがないけれど、たとえば、アイドルマスターのようなゲームは、まさにそんな感じだろう。キャラクターをマネジメントする。創作というか、もっと、人間じみた営みだと思う。もちろん、ゼロから自分の中にあるものを作品にする人もいると思うけれど、残念ながら私はそのタイプではなかった。私の力などたかが知れている。一人ではなにもできない。ということが、少しずつわかってきた。マネージャーとしての適性は未知数だけれど、今のところ、それなりに楽しい。

@radish2951
恋愛ゲーム作家。毎日21時頃にエッセィを更新しています。恋愛ゲーム『さくらいろテトラプリズム』をよろしくお願いします。 daiki.pink