勝負事や競争にとことん弱い人間である。就活や転職活動では、絵に描いたような落ちこぼれだった。2018年の4月から働かなければならないというのに、1月の時点で内定はゼロだった。一応、就活にはそれなりに強い大学である。高めの下駄を履いてもなお、内定をもらったのは通算で2社だけだった。サイゲームスとファルコムである。
では、大学にはどうやって受かったのか。私は前期で東京大学を、後期で東京工業大学(現東京科学大学)を受験した。それ以外の大学は受けていない。東大は落ちた。つまり、東工大に後期で受かった。東工大の後期試験は、どの参考書でも見たことがないような問題ばかりだった。総合問題というやつである。これが私には合っていた。前期で受けていたら間違いなく落ちていた。本当に幸運だった。
学生時代は映画を撮っていて、コンテストに何度か応募した。あまり結果は振るわなかったのだけれど、それでも何度か賞をいただくことはあった。そのほとんどが審査員特別賞だった。優勝でも準優勝でもない。審査員特別賞が、どれくらいすごいのかよくわからない。実際、審査員特別賞をきっかけに道が開けた、ということはなかった。
そのような人生を経て、今は某国立研究機関で研究職に就きながら、恋愛ゲームをつくっている。この人生が特別かどうかはわからない。ただ、少なくとも、研究職で転職してキャリアアップを目指すとか、ゲーム会社に転職するとか、そのような道は閉ざされているといえるだろう。学部卒なのに研究をやらせてもらえているのは、ありがたいと言わざるを得ない。ゲーム会社も、インディーズで長く活動した人は採りたがらないと聞いたことがある。転職サイトに登録することは、もう二度とないだろう。
競争だとか市場価値だとか、そのような枠組みから、いつの間にか逸脱してしまった。公平な競争では、もう勝つことはできないと思う。したがって、通常ルートではない、特別枠を見つけていかなければならない。見つけるというか、つくるといったほうが正しい。私を特別扱いする人なんて、最初からこの世には存在しない。だから、つくるしかない。
同じ理屈で、マッチングアプリをやることもない。あれは、特別な人に出会うためではなく、特別ではない無数の出会いから、少しでもましなものを選ぶための仕組みである(やったことがないので想像)。もちろん、奇跡的に特別な出会いを果たす可能性もゼロとは言い切れないけれど、いずれにせよ、私には縁のない話だ。
私のような人間は、最初から特別枠を狙っていくしかない。特別枠を狙うことは、特別枠を設けることと同義である。私を特別扱いしてくれる人は、私にとっても特別な人だ。結婚は、そのわかりやすい例である。