なにかと距離感をわきまえなければならないことが増えた。たとえば、勤務先との距離感。某国立研究機関に勤めているが、エッセィで名前を出したことはない。名前を出すと、ちょっとまずいかな、という感覚がある。調べれば普通に出てくるので、あえて隠しているわけでもない。創作活動においては、年下の人と接する機会が増えた。新しい人に出会うと、だいたい年下か、年齢不明である。明らかに若い人と接するときは、それなりに気を遣う。年下だと思って舐めた態度をとっていないか、とか。
このような変化は、ここ数年のことだ。30歳に差し掛かったくらいから、意識することが増えた。そして、ここ数年、パートナーがいない。つまり、これまでに付き合ってきたパートナーとは、ほとんど全員と距離感を間違えていた可能性がある。
そもそも、パートナーという言葉すら知らなかったと思う。対等な立場で尊敬し合える関係を築く、という発想がなかった。無自覚に相手を見下す態度は、大学の環境の影響もあっただろう。同じ大学にいた人は、ほとんど全員が文系を見下していた。私が付き合った人は、ほとんど全員が文系だった。
大学を出て、同じ大学の人は誰も行かないような会社で働いて、つまり、いろんな人に出会った。いろんな人に出会う過程で、私の歪んだ距離感が、少しずつ矯正されてきた、と思っている。
次に付き合う人と結婚すると思う。なんとなく、そんな気がしている。遊びで付き合いたい気持ちは一切ない。恋愛ゲームをつくっているから、そちらの方面は間に合っている。
結婚して、うまくやっていく自信はあまりない。ただし、全然ダメだとも思わない。これで大丈夫かな、と、なんとなくそわそわしながら生きることは、そんなに悪くないと思えるようになった。車の運転と同じ。自信満々で飛ばすよりも、少し広めに車間をとるくらいが良い。パートナーが前を走り、私はうしろをついていく。そうやって、のんびりドライブしたい。もしも間に入ってくる不届者がいたら、私の超絶ドライビングテクニックで、車ごとあの世に送ってあげます。