どうやら私は簡単に手に入るものには興味がないらしい。間口の広い同人イベントや無料の交流会の類に行きたいとはあまり思わない。書類も審査も重いコンペにばかり応募している。今日も落選の連絡がひとつ来た。そうやって落ち込んでいるから、傍から見れば馬鹿みたいである。
簡単には手に入らないこと。希少性。それ自体に価値を見出しているわけではない。宝くじに当たりたいとは思わない。珍しいアイテムのコレクターでもない。趣味はまったく凡庸で、あえて尖ったことをしたいとも思っていない。
理想が高すぎるというか、夢が大きすぎるというか。私は日本ファルコムというゲーム会社にかつて在籍していた。ファルコムのゲームをご存知だろうか? 『軌跡シリーズ』は、発売されて20年以上続く壮大なRPGである。たぶん、まだ完結していない。世界観はものすごく広く、大量のキャラクターが出てくる。その映像の仕事を当時任されていて、世界のあまりの大きさにクラクラしたのを覚えている。
そういうものが好きなのだ。どこまでも果てしない世界。永遠に終わらない物語。絶対に届かない恋。サクッと遊べるインディゲームに興味はない。壮大で、めんどくさくて、重くて、思わせぶりで、届きそうかと思ったら、また遠ざかってしまう。そういうものに憧れてきた。
届かないものに手を伸ばし続ける。それが私にとっての創作であり、人生だ。世界はどこまでも広がっていく。私が歩みを進めれば、世界の果ては遠ざかる。絶対に到達できない場所がこの世界には存在する。無限の時間を費やせば、あるいは辿り着けるだろうか。高々有限の人生においては、それは無意味な問いだ。けれど、世界はひとつじゃない。私たちには世界をつくる自由がある。ゼロから生み出した世界で、無限の時間をシミュレートすることができる。私にとっての創作は、だいたいそんなイメージだ。とはいえ、簡単にゴールできてしまうのは、チートみたいなもので面白くない。だから、やっぱり、こうするしかない。絶対に届かないものを手に入れるためには、つくり続けるしかないのだ。たとえその無意味さを知ってしまったのだとしても。