君と映画とコーヒー

池田大輝
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公開:2026/3/10

大学生の頃、カフェでバイトしていたことがある。正確にはカフェを併設したパン屋さんだけれど、オーナーがコーヒー好きの人で、カフェメニューが充実していた。業務用のエスプレッソマシンがあって、それでラテアートをつくったりもした。ラテアートはミルクのつくり方が肝だ。スチーマーを絶妙な角度でミルクの表面に当てることで、きめ細やかなミルクができる。ミルクがしっかりしていれば、絵柄を出すところはそこまで難しくない。

当時、私は映画監督を目指していた。とはいえ、大学は理系だし、お金もなかったからバイトするしかなかった。大学に通い、バイトをしながら映画を撮ってはコンテストに応募し、またあるときはアイドルの事務所に営業をかけてミュージックビデオを撮ったりしていた。

カフェでバイトをしていたのは、大学院に入るくらいの時期だったと思う。大学院でやりたいことは特になかった。私の大学は、修士卒が当たり前みたいな風潮があったから、流されるように大学院に入った。本当は映画を撮りまくりたい、こんなことをしている場合じゃない、という気持ちの傍ら、研究への興味もゼロではなく、また、カフェのバイトもそれなりに楽しく、賄いのパンやオムライスも美味しかった。

大学院に入って少し経った頃、大型の映画コンテストが発表された。映画そのものではなくて、脚本を書き、予告編を撮って競う。優勝すれば、制作費が下りて本編を監督できる、という大変気前の良い大会だった。これはチャンスだと思った。理系大学という映画とは無縁の環境に身を置いていた私にとって、映画の世界に近づくことは簡単じゃない。そもそも輪に入れてすらもらえない。ならば、こじ開けるしかない。大会での優勝を目指して、大学院を休学した。

予告編の撮影には、バイト先のカフェにも協力いただいた。カフェでのデートシーンの撮影に、店内を使わせていただいたのだ。こんなふうにちゃんと場所を借りて撮影するのは初めてだった。他にもいろんな場所で撮影した。いろんな人に声をかけ、いろんな場所にアポイントを取った。地元・秋田でも撮影した。レンタカーをガードレールに擦って、3万円くらいを余計に払った。修士1年の秋に、1ヶ月ほどかけて撮影し、編集し、そして11月末、締切ギリギリで提出した。

応募総数は、250くらいだったと思う。一次審査と二次審査を通過し、最終ノミネートの16作品くらいまで残った。そして翌年の4月、最終結果が発表された。優勝はできなかった。審査員特別賞と、少しばかりの賞金をいただいた。レンタカーを擦ったぶんは、ギリギリ回収できたと思う。

それから1年後、私はゲーム会社に入った。その1年の間にも、映画やMVを撮ったりはした。けれど、大会で優勝できなかったことで、私の中で何かがふっと終わってしまったような感覚があった。それから少しずつ、私はゲームの世界に近づいていった。ゲームには特に興味なかったのに。映画はあんなに撮りたかったのに。

最近、コーヒー好きの友人から、ハンドドリップコーヒーを布教されて、ついに私もやってみた。ドリッパーと濾紙とケトルを買い、昨日、初めてハンドドリップでコーヒーを淹れた。豆はシングルオリジン。スタバとかで飲むやつは通常、複数の種類の豆が混ざったブレンドコーヒーである。少し渋みが出てしまったのは、上達の余地があるポイントだろう。

コーヒー好きかと言われると、そうでもない。結構な頻度で飲むし、スタバにもよく行くけれど、コーヒーやスタバが特別に好きなわけではない。というか、カフェでバイトしていた頃は、コーヒーは飲んでいなかった。日常的に飲むようになったのは、この5年くらいだろうか。

熱いコーヒーを飲みながら、あの頃のことを思い出した。映画と、コーヒー。あ、そういえば、昨日も……と、これを言うのはまだ早い。もう少し、じっくりと蒸らす必要がある。美味しいコーヒーに出会うたび、人生が動いているような気がするのは気のせいだろうか。だとすれば、次は私が淹れる番。あなたのためだけの、スペシャルなやつを。砂糖とミルクはお好みで。

@radish2951
恋愛ゲーム作家。毎日21時頃にエッセィを更新しています。恋愛ゲーム『さくらいろテトラプリズム』をよろしくお願いします。 daiki.pink