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売れるためにはどうすれば良いのか

池田大輝
·
公開:2026/7/9

売れるためには、売り物が必要だ。ということで、いま必死に新作ゲームをつくっている。とはいえ、ゲーム一本で売れるとは思っていない。インディゲームがヒットする確率は、宝くじが当たる確率より多少マシな程度ではないか。まぐれ当たりは持続可能じゃない。長い目でコンスタントに売れることのほうが遥かに大事だと思っている。

そのためには、ブランディングが大切だ。ただ、ブランディングというものは、どうにも曖昧でざっくりしている。私はこれを「世界観をつくる」と思うことにしている。お笑い芸人を想像するとわかりやすい。バズったネタがあったとして、そのネタだけでやっていけるわけではない。そのネタも含めて、こういう世界観なのだ、とお客さんに印象づける必要がある。少し古いけれど、アンジャッシュのすれ違いコントを小さい頃、テレビでよく観ていた。すれ違いコントというジャンルを確立したと言い換えることもできる。

他の人がやっていないことをやって、発表し、それを継続する。そうすれば、自ずと「〇〇の人だ」というイメージが定着していく。やがてそれは唯一無二の価値になり、代替不能な世界観になり、ファンを魅了していくのだろう。

というのが、およそ一般的なマーケティング論の述べるところだと思う。書くのは簡単だけれど、やるのは遥かに難しい。私も偉そうに書いておきながら、全然うまくできていない。こうして日々エッセィを書いているのも、ブランディングの一環であるけれど、効果はあまり出ていない。書き始めてまだ1年半程度である。少なくとも、3年くらいは続ける必要があるだろう。過去にリリースしたゲームの宣伝もほとんどできていない。これにはちょっと理由があって、新作を大急ぎでつくっているのも無関係ではない。要するに、まだまだこれからなのだ。

という話をAIに伝えると、「完成まで何も見せないのは勿体無い。制作過程を公開すべきだ」とアドバイスされる。ちょっと、考えが甘い。誰もがクリエイターになれる時代において、創作の苦労話はすっかりありきたりなものになった。多少の共感は得られるかもしれないけれど、せっかく築いた城を取り壊してレンガを売るようなものである。物語が売りのゲームなら、ネタバレにもなりかねない。編集中のシーンをSNSにアップする映画監督はいない。共感されたくて創作しているのではない。ユーザーに、お客さんに楽しんでもらうことが何よりも重要なのだ。

お客さんが楽しいと思うかどうかを作り手がコントロールすることはできない。流行を取り入れるとか、ある程度の作法に従うとか、確率を高めることはできるかもしれないけれど、それはそれでありきたりなものに近づくわけで、諸刃の剣である。ありきたりなものはAIがつくってくれるようになった。であるならば、いっそ尖りまくるしかないのだろう。誰もやっていないことをやる。きっと、それしかないのだ。それができたら苦労しない? まあ、それはそうだけれど、でも、やってみると、個性というものは意外と隠せないことがわかる。このエッセィだって、主張を要約すればきわめて凡庸なことしか言っていないわけだけれど、これと全く同じ文章を書いた人は、今までも、そしてこの先も、誰一人として存在しない。そんなのわからないじゃないかって? たしかに、確率的にはゼロではない。たまたま誰かの丸パクリになっている可能性を排除できない。そこに気づいたあなたは鋭い。やれやれ。素晴らしい。降参だ。とでも言うと思った? こうしてだらだらと文字を重ねれば重ねるほど、誰かの丸パクリになる確率は限りなくゼロに近づく。そう、私は諦めの悪い人間だ。継続は努力なんかじゃない。強いていえば、悪あがきである。

@radish2951
恋愛ゲームをつくっています。毎日21時頃にエッセィを更新しています。恋愛ゲーム『さくらいろテトラプリズム』をよろしくお願いします。 daiki.pink