関西は文学の香りがする

池田大輝
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公開:2026/1/24

知り合いの文筆家に、関西出身の人が何人かいる。一方的に知っている人を含めるともっと多い。関西出身ではないけれど、関西に引っ越して文学的な営みをしている知人もいる。文芸批評というジャンルが、関西、特に京都で盛り上がっていると聞く。京都大学といえば、iPS細胞でノーベル賞を受賞された山中伸弥先生が思い浮かぶけれど、最近は人文学の文脈で京大の名前を聞くことが多い。文系理系を区別しない自由闊達な学風が、学問の裾野を厚くしていることは想像に難くない。

私は秋田出身である。秋田で文学の香りを感じたことはない。秋田にいた頃はまだ若かったということなのかもしれないけれど、別に関西に住んでいたことはない。

関西の人は、言葉というものについて、真剣に考えているように見える。関東にやってきた関西人が、東京弁に違和感を感じたエピソードをときどき聞く。お笑いコンビのジャルジャルは、東京弁をイジるネタをいくつも持っている。幼い頃から叩き込まれているせいで、お笑いに厳しい大阪人は少なくないらしい。言葉に対する感覚が、研ぎ澄まされている感じがする。言葉が、文化を、文学をつくっている。

秋田出身の私からすると、とても羨ましい。秋田弁は、寒くて口を動かせないから生まれた方言だ。言葉にするだけで、やっとなのだ。限られた言葉でコミュニケーションを強いられるという意味では、関西人とは違うやり方で言葉に向かい合ってきたといえなくもない。私が使う語彙がやけに少ないのはそのせいか。いずれにせよ、関西という言語圏の持つある種の豊かさには憧れる。手に入れたくても、絶対に手に入らないもののひとつだ。本場の大阪弁を聞きながら、そんなことを思った。

@radish2951
恋愛ゲーム作家。毎日21時頃にエッセィを更新しています。恋愛ゲーム『さくらいろテトラプリズム』をよろしくお願いします。 daiki.pink