小説でもエッセィでもなんでもいいけれど、いつか本を書きたいと思っている。自分の書いた本が書店に並んでいるところを見るのは、ささやかな夢のひとつである。とはいえ、じゃあ、いまなにか本を書いたところで、あまり面白いものにはならないと思う。こうして偉そうにエッセィを書いて、人生訓めいたものを披露しているけれど、本来、そういうのは年長者の仕事であって、30そこらの若造が言っても説得力がない。
作家は最後の職業だ、という言葉を聞いたことがある。いろんな経験を経たさきで、ようやく辿り着くのが作家であると。本当にその通りだと思う。私が好んで読む本は、だいたい自分の倍くらいの年齢の人が書いたものが多い。若い人の作品はあまり読まない。作者の年齢で選別しているわけではないけれど、あとから作者を調べたとき、面白いと思うのは圧倒的に年長者である。
人間には想像力があるから、高校生が老人の苦悩を想像して小説を書くことはできる。老人に限らず、宇宙人でも、消しゴムでも、いろんなものの感情を自由に想像して書いて良い。ただし、それが面白いかどうかは別問題だ。もちろん、老人が書いた小説が面白いという理屈もない。面白くないものを面白くないと講評することは簡単だけれど、面白いものを面白いと評するのは結構難しく、面白いものを書くのはもっと難しい。
優れた作家になるためには、とりあえず生きることが大事だ。死んでしまっては本が書けない。冗談を言っているのではない。命を懸けて、すべてを投げ打って、創作の道に飛び込もうとする人がいる。そういう姿はしばしば美しいと称賛される。けれど、死んでしまっては元も子もない、ということを教えてくれる人は少ない。若輩者の私でも言えることだ。生きなければ、本は書けない。
生きてさえいれば、本はいつでも書ける。電車の中でも、会社のデスクでも、あるいはスマホがなければ紙の上でも。生きれば生きるほど、ネタは増える。あるいは、言い換えれば、生きることは本を書くことにほとんど等しい。作家とそうでない人の違いは、隙間時間にペン(またはキーボード)を走らせるかどうかの違いでしかない。