創作と育児

池田大輝
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公開:2026/1/2

物語を書いていると、キャラクターたちが自分の子供のように思えてくることがある。私は結婚していないし、子供もいない。それに、子供のよう、とは言いつつも、作者とキャラクターの関係は、親と子の関係とはかなり違うだろう。それでも、ある種の愛着というか、義務感というか、そうした感情は、子供を持つ親のそれと大きくは変わらないように思う。

恋愛ゲームという形で物語を書くようになったのが数年前。それまでも創作をしていたけれど、物語よりも映像がメインで、いかにかっこいい演出をするか、いかにバズらせるか、みたいなことばかり考えていた。キャラクターはプロットを駆動する駒でしかなく、ゆえに、駒をどう動かせば良いのか、常に悩んでいた。

今は違う。物語を書くとき、キャラクターを一人の人格として扱っている。対等な人間としてみているのだ。キャラクターの行動を尊重するし、キャラクターがなにを考えているのかわからないときは、素直にわからないと書くか、わかるまでしつこく問答を続ける。そういうことを繰り返しているうちに、いつの間にか物語が完成している。

きっと、育児も似たところがあるのではないか。あくまで私の体感だけれど、尊敬するクリエイターの多くは、偉大なる創作者であると同時に、良き親である。少なくとも、外部からはそう見える。思うに、自分とは思考も性格も行動も異なる他者に対して、想像力を働かせるという点において、クリエイターは多少、慣れているのだろう。キャラクターは作者の写し鏡でも、操り人形でもない。そういうことを、創作を通じて経験したから、子供に対しても対等な接し方ができるのだと思う。

物語を書くようになって、他者との関わりについて考えることが増えた。他者を想像するということに、正面から向き合えるようになった。まだまだ不器用である。もっと精進しなければならない。良き作家になるためにも。良き親になるためにも、と書きたいところだけれど、あいにく、その予定はない。結婚も、育児も、夢物語みたいに思える。まあ、恋愛ゲームのシナリオを書くだなんて、数年前までは夢物語ですらなかったわけだけれど。

@radish2951
恋愛ゲーム作家。毎日21時頃にエッセィを更新しています。恋愛ゲーム『さくらいろテトラプリズム』をよろしくお願いします。 daiki.pink