商業デビューという幻想

池田大輝
·
公開:2026/5/27

私はとある美少女ゲームのシナリオを仕事で書いたことがある。Nintendo Switchのソフトとして家電量販店などで売られている。つまり、私は商業シナリオライターである。ここでいう商業とは、趣味ではなく、仕事として企業に依頼された、という意味らしい。厳密な定義があるのかはよくわからない。趣味でもSwtichのゲームを売ることはできる。書籍にはもう少しわかりやすい目印があって、ISBNという番号が振られているのが商業本と言って差し支えない。趣味でつくった本に勝手にこの番号を振ることはできない。

商業デビューを目指すクリエイターは多いらしい。特に小説は狭き門だ。書いた小説をネットで公開することは誰でもできるようになったけれど、それでは「箔」がつかないのだ。出版社に認められて、本が書店に平積みされることを作家の卵は夢見ている。

少なくともゲームに限れば、商業デビューはほとんどなんの意味もなかった。そもそも、遊んだゲームの作者が誰かなんて、ほとんどの人は気にしない。メーカーを答えられれば詳しいほうで、シナリオライターの名前を言えるのは余程のマニアに限られる。「ヨコオタロウは?」と思ったあなたはれっきとしたマニアである。小説はゲームよりかは作者の名前が目立つけれど、それでも読んだ本の作者を覚えている人なんて、半分もいないと思う。

一度商業の舞台に上がれば、次の仕事に繋がる確率が上がる、というのは一般論としては正しい。ただ、聞くところによると、華々しくデビューしたは良いが、2作目を書けない作家というのは想像以上に多いらしい。デビュー作に全力を注ぎ込んでしまったのだろうか。あとは、たんに次の仕事が来ないケースもある。私がそのパターンだ。商業である以上、需要が先にあるのであって、商業作家だからといって好きに書かせてもらえるわけではない。あくまで仕事なのだ。コンビニで好きな商品を勝手に仕入れることはできないのと同じ。

と、なんだかたいへん地味なエッセィになってしまった。そう、仕事とは地味なものだ。華々しい商業デビューは「やりがいのある仕事」という言葉と同じくらい虚飾に塗れた幻想だ。華々しさがあるとすれば、それは「商業」ではなく「デビュー」のほうにある。売れっ子作家は、常に「デビュー」し続けている。新しさを求め、常識を疑い、誰も見たことがないものを常に生み出している。作家は、そういう仕事だ。作家になる瞬間とは、ペンを執ったときではなく、ペンを置いたときである。

@radish2951
恋愛ゲームをつくっています。毎日21時頃にエッセィを更新しています。恋愛ゲーム『さくらいろテトラプリズム』をよろしくお願いします。 daiki.pink