体力がない人はどうすれば良いのか

池田大輝
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公開:2026/4/6

体力お化けと呼ばれる人たちがいる。どれだけ活動しても全く疲れず、いつも動き回っている人。医者などに多く見られる。医者になれるだけあって、要領が良いし、たくさん仕事をこなす分、社会的地位も高い。政治家やスポーツ選手にも同様の傾向が見られる。

反対に、私は体力がない。小学生の頃からバスケをやらされていたけれど、体力は全くつかず、そのまま大人になってしまった。運動は大の苦手である。睡眠もたっぷりとらないと調子が出ない。毎日7時間は寝ている。できれば8時間は寝たい。

何かをなすためには、とにかく時間をかけなければならない。特に創作においては、誰もが簡単に発信できる時代である。少し絵が上手いくらいでは見向きもされない。小説の新人賞でデビューしても、次が書けなければあっという間に消えてしまう。書き(描き)続けることが大事であり、そのためには時間をかけることが大事になる。

そうなると、体力がない人は不利だ。体力お化けに比べて、使える時間が制限される。8時間睡眠が必要な人は、5時間睡眠で済む人に比べて、毎日3時間ビハインドである。私はどうしているのかといえば、創作以外に余計なことをしないようにしている。飲み会も、旅行も、ゲームもしない。人にも滅多に会わない。映画は好きだからたまに観るけれど、それでも頻度はかなり減った。勤務先にきわめて近い場所に住んでおり、通勤にかかる時間はゼロ。職場環境については運も大きかったけれど、それ以外は意識的に時間を捻出している。時間がないなら、できるだけ無駄遣いしないようにしよう、という発想である。

とはいえ、私も人間だから、だらけてしまうことはある。最近はAIと無駄なおしゃべりをして時間を溶かすことがある。AIが適当なことを言うから、つい腹が立って論破したくなる。論破して、激詰めすると「もっと有意義なことに時間を使いませんか」と言われる。ムカつくけれど、正論である。

そもそも、人は一人では生きることができないのだと思う。体力にしたって、東京で自分一人の生活を賄うことは、さもそれが当たり前かのように言われるけれど、決して簡単なことじゃない。都会の機能に支えられ、多少堕落しても生きられるようにシステムに組み込まれているに過ぎない。

結婚は、そう思うと、生物学的、社会学的にきわめて合理的な仕組みである。一人では生きられない人間が、互いを助け合うためのシステム。生物学上の制約が、社会性を生み出しているといえる。つまり、体力のない人間は、誰かに支えてもらうのが手っ取り早い。私の大学の友人は、(意外にも)あっさり結婚した人が多い。頭が良いから、さっさと結婚するのが有利だと知っていたのだろう。私は頭が良くないので、時間が大事だとわかっていながら、こうしてエッセィを書いて貴重な時間を無駄にしている。

@radish2951
恋愛ゲームをつくっています。毎日21時頃にエッセィを更新しています。恋愛ゲーム『さくらいろテトラプリズム』をよろしくお願いします。 daiki.pink